お墓
「なるほどな。だから朝からこんなところにきたのか」
「ええ。……でもわざわざついてきてくれなくてもよかったのに」
「邪魔か?」
「まさか。……ありがとう」
グレイアムが来てくれるのなら、これほど心強いことはない。
学院から少し離れた丘の上。
大きな木の下にやってきたアビゲイルは、そばに落ちていた枝を手に持つ。
それを持ち上げては振り下ろし、小さな穴を掘っていく。
グレイアムはそれを見守りつつ、穏やかな風が吹く丘からの景色を眺めた。
「いいところだな。周りを見回せるし、なにより景色がいい」
「こんなところがあるなんて知らなかったでしょう? 私も薬草をとりにくるまで知らなかったけれど……。素敵な場所だから」
新生の神。
名前をエヴァンというらしい彼女のことを、アビゲイルはなにも知らない。
ただ死の神が彼女は自然を愛し、日の元が似合うと言っていたから、ここを選んだだけだ。
これ以上自然に囲まれ、日が当たる場所をアビゲイルは知らない。
もっといい場所は、いつかの未来、死の神の封印が解けた時にでも見つけてもらおう。
「――よし」
ある程度穴は開けられたなと両手を軽く叩き土を落としつつ、ポケットへと手を入れた。
丸められたハンカチを取り出すと、丁寧に解いていく。
中には小さな種がいくつも入っており、それを穴に入れた。
「薬草学の教室にいらない種がたくさんあったの。ラッキーよね。なにが咲くかはお楽しみなんだけど」
「いいんじゃないか? 見にくるのが楽しみになるだろう」
アビゲイルはポケットにハンカチをしまうと、掘った穴に土をかけていく。
埋まった後に優しく押し、最後にそばにあった平べったい石を立てる。
これは死の神リスペクトだ。
「こんなものでごめんなさいね?」
そう言いつつも、アビゲイルはそっと両手を合わせた。
隣でグレイアムも同じようにしてくれているのを確認しつつ、そっと目を閉じる。
(死の神からの依頼で、あなたのお墓を作ったわ。……いつか彼が戻ってこれたら、もっとちゃんとしたものを作ってくれるはずよ)
ざあざあと風が吹く。
まさに神風の如き優しさと心地よさにそっと目を開ければ、同じタイミングでグレイアムも顔を上げた。
「しかし、歴史というのは信用できないな」
「まさか死の神が被害者だったなんてね」
当人が認めたのだから、新たに知った神話が真実なのだろう。
つまりは今伝え聞くものは書き換えられた嘘。
――そんなことが許されていいのだろうか?
「だがだとしたら……俺が知るゲームの未来はなんなんだろうな?」
「死の神が復活して、それをアリシアが止めるってやつ?」
「そうだ。死の神は女神の生まれ変わりであるアリシアに執着し、彼女を奪おうとする。それを攻略対象者と共に阻止し、死の神をもう一度封印する」
「……そもそも、新たに知った歴史が真実なら、アリシアはなんの女神の生まれ変わりなの?」
死の神が愛していたのは新生の女神だ。
ならアリシアは新生の女神の生まれ変わりなのだろうか?
「話にはもう一人女神がいたな」
「癒しの女神?」
「…………ああ。だがもしそちらなら……死の神がアリシアを愛する意味がわからない」
確かにその通りだ。
アリシアが今後覚醒するらしい癒しの力は確かに癒しの女神にふさわしいものだが、だとするとゲームの内容が大きく変わってくる。
死の神が自らが愛した新生の女神を、殺した癒しの女神の生まれ変わりを愛するなんてことあるだろうか?
「……なんか考えてて頭がぐちゃぐちゃになりそう」
神様、女神様、その生まれ変わり。
関係値があれこれありすぎて、もうよくわからなくなってきた。
「アビゲイルが忘れていることも、気になるな」
「……そうね」
アリシアの件もそうだが、アビゲイル自身のこともわからないことだらけだ。
死の神が言う思い出せ、がどんなことを指しているのか。
それすらもわからないので、まだまだ先は長そうだ。
「でも前に進めてるわ」
「そうだな。真実を知れたのはデカい。……やっぱり、俺の考えは間違いじゃなかった」
「――考え?」
なんの話だろうか?
グレイアムの考え? と小首を傾げるアビゲイルの頰に、彼の手が添えられた。
「アビゲイルのその瞳は、決して蔑んでいいものじゃないってことだ」
「…………」
「死の神はこの世界にとってなくてはならない存在で、人々から崇拝されていた。たった一人の女神を愛し、長い時を経た今ですら、その心をなくしていない。……俺はそんな死の神を尊敬するよ」
まさかすぎる答えに、アビゲイルは瞬きを繰り返した。
グレイアムはそんなアビゲイルの目元に、優しく指を這わす。
「アビゲイルの瞳は死の神と同じもので、なによりも美しい宝石そのものだ。その瞳に恋したことを、俺も誇らしく思うよ」
「――あ、あのっ。さすがに少し……恥ずかしいというか、そのっ」
それ以上はもう無理だと顔を背ければ、グレイアムの手は簡単に離れた。
顔が燃えるように熱いと両頬を抑えつつ、アビゲイルはちらりとグレイアムを見る。
「……あ、ありがと。嬉しいのよ? うん……。ただ恥ずかしいから……」
「わかってる。伝わったのならそれでいい」
「――さすがにあそこまで言われて、伝わらないほど鈍感じゃないわ」
差し出されたグレイアムの手を掴めば、彼は土に汚れた手を躊躇うことなく握った。
そのまま歩み出したグレイアムの背中を見つめつつ、アビゲイルはふと思う。
――きっと、新生の神は幸せだったのだろうな、と。
愛する人に愛されること。
それがこんなにも心に響くなんて。
ちらりと後ろを振り返る。
大きな木の下に、一瞬だけ人影を見たような気がした――。




