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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十四章 唇歯輔車(3)



 久しく行動を共にしないと思っていれば、この近況。

 尾形が密かに永倉や原田の動向に目を付けていたであろうことなど、手に取るように分かる。

 だが、土方のほうも尾形の意向を汲み取ったようで、ちらりと伊織を見遣る。

「粗相の件はもういい。出てけ」

 しっしっと手の甲を見せ付けるように煽ぎ、土方は伊織に退室を促す。

(知ってるって言うのに)

 とは言え、たった今怒らせたばかりでは、否やを唱えるのもまた気の進まない事。

 仕方なく、伊織はおざなりに一礼して副長室を退室した。

 軒陰の向こうに燦々と注ぐ陽光に、数度瞼を瞬く。

 しっかりと障子を閉め、伊織は孫廂を数歩行く。

 大分衰えた蝉の声に替わって、数を増やし始めた虫の声に耳を澄ます。

(……立ち聞きとかしてバレたら、また怒るかな)

 そう思いつつも、足はしっかりと立ち止まり、自ずと音を忍ばせて副長室の障子に戻り出す。

 ひたり、身を屈めて神経を澄ませば。

「斎藤さんも組んでいるようですが、どうしますか」

「どいつもこいつも、古参隊士のくせに……」

 一枚戸を隔てた向こうから、囁くほどに小さく言葉を交わす尾形と土方の声。

 尾形の一言一言に、土方はやたら投げやりな溜息を吐いているらしい。

(斎藤さん?)

 はて、と少し前に副長室を訪れた斎藤の顔が過ぎる。

 近藤糾弾のこの一件に、斎藤が絡んでいる。

 確か土方に用があると尋ねて来たはずだったが、一体どんな用件だったのだろうか。

「で、今あいつらァ、どうしてんだ」

 苦々しい声音から、土方が浮かべているであろう表情まで、何となく伝わってくると言うもの。

 次いで、尾形の声が一層控えめに起こった。

「会津公へ、建白書を提出したようです」

「…………」

(…………)

 微かだが、そう聞き取った尾形の声。

 声が止んで暫く。

 一帯には沈黙が流れた。

 伊織の心中にも。

(……提出した?)

 と、伊織が反芻した途端。

「提出したァーーー!!?」

「はい」

「もう!?」

「つい先程」

「ばっかやろう! それを先に言えよな!!」

「はぁ、面目ありません」

 伊織が湯呑みを割った詫び入れ時以上の、土方の大怒号。

「で! 会津は受け取ったんだな!?」

「…のようです。今頃は会津公もご笑覧でしょうか、ははは」

「笑い事じゃねえーーー!!!」

「面目ありません」

 沈着冷静を貫いているらしい尾形。

(尾形さんて……何だかなぁ)

 と、改めて感慨深いが、それどころではない。

 既に会津へ近藤糾弾の建白書を提出したという。

 そうともなれば、直ぐにも会津藩から沙汰があるのに違いない。

 局長・近藤の所業を認めているであろう建白書を、会津藩主が目にすれば、どう思うであろうか。

 つい先日も、老中より禁門の変の賞状が、会津藩と並んで新選組にも下されたばかり。

 今や会津藩と共にあると周囲に明らかな新選組が、内部紛争を起こしているなど。

 まして、古参隊士の面々が揃って局長を糾弾するなどと知れば。

(大丈夫かな、容保様……)

 見た目にも線の細い、会津藩主の穏やかな面持ちを思い起こし、伊織はその場に立ち上がる。

「盗み聞きか。趣味が悪いな、お前」

「えぇっ!?」

 突如、声を掛けられ振り返れば。

 今、土方と尾形の話にも名の挙がった、斎藤の姿。

「先に告げ口されたらしいな」

「え、はあ? ちょ、告げ口って、斎藤さんも一緒に建白書……」

「名は連ねたが?」

 素っ気無く、何食わぬ顔で言う。

 年中涼しげな風貌のその人を呆然と見上げ、伊織は不意に気付く。

「さっき、土方さんに報告するつもりで……?」


 

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