表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
90/219

第十三章 二律背反(6)



 兎も角、実在するのだ。

 二度も神出鬼没な様を見せ付けられ、解せぬ言葉もかけられた。

 それだけに少々不気味にも思えていたが、実在するなら一先ずは安堵も出来る。

 それと共に表情の弛んだ伊織だったが、話し手の二人は未だ硬い面相を続けている。

「しかしな。会った、というのはやはり思い違いであろうぞ」

「どうしてですか? 私は実際に、窮地を助けられもしたんですよ、その娘さんに」

 ならば一度きちんと会いたい、と、そう願い出ようとした。

 その寸前。

 容保自らが席を立ち、伊織の傍へと歩を進めたのである。

 柔らかな風を起こして、間近に膝を折るその姿を、伊織は戸惑いつつ見詰めた。

 近くで見れば、息をするのも憚られるような、端麗な面立ち。

 その目と目を合わせ、容保は静かに口を開いた。

「その娘は、もう……幾月も前に亡くなっておるのだ」

「――は……?」

 我が耳を疑った。

 顔に見惚れている場合でない、その発言。

 己の身の回りに起こり始めている――否、既にこの時代へ来た時から、事は起こっているのだが――その真相の手掛かりを、確かに今、掴んだと思ったのに。

「そんな、では、私が見たあの人は、誰なんですか!」

 つい目元も険しくなる伊織に、容保は困惑したように眉尻を下げる。

 その顔に、伊織も少々自省した。

「いえ、その……この世に、そうそう似た人がいるとも思えませんし……」

「余は、そちが嘘を申しているとは思っておらぬ。ただ」

「ただ?」

「その娘が既に亡いのは事実。それは恐らく、他人の空似であろう」

「……そう、なのでしょうか」

 些か腑に落ちないながらも、それ以上容保に突っ掛かるわけにもいかない。

 いくら神出鬼没な女だからと、まさか幽霊でもあるまいし。

 けれど。

(――そういえば)

 と、伊織は不意に落胆から覚めた。

 ――私がこの世にいない今、あなたに死なれちゃ困るんだ。

 とは、確か、あの女の言っていた言葉だ。

(この世に、いない……?)

 あの時目の前にいた彼女は、そう言った。

 この世にいないとは、何かの比喩でも何でもなく、既に亡いという、そういう意味か。

 そこまで考えた瞬間、伊織の背筋がぞくりと粟立った。

 それと同時に。

「おっ、と!」

 と、容保の慌てるような声が傍近くで起こった。

 何事かと目を向ければ、容保はやや焦りつつ、その胸元を押さえている。

「どうかなさいましたか、公?」

 押さえた胸元を凝視して尋ねると、即座に伊織の脳裏に悪い予感が立ち上る。

 不自然に胸を押さえる行為、というのは、何か少々気色が悪いのだ。

 たとえ容保のような、容姿端麗な男性でも。

(容保様まで佐々木さんと同族だったら、どうしよう……)

 そんな危惧を覚えてしまうのも、己の奇怪な環境のせいであろう。

 伊織がそんな疑いを持った、次の瞬間。

 見詰めた先の容保の胸元が、妙に膨れ上がったのだ。

「――!!?」

 目を離せずにいれば、今度はモコモコと蠢き出す始末。

「かかか容保様、何か動いておられますが……!!?」

「ああ、困ったなあ、大人しうしておれと申したのになあ」

 ははは、と照れ笑いを浮かべる容保。

 その横合いから、梶原もその手元を覗き込んだ。

「殿、お八つの時間なのでは?」

「おお! もうそんな時間であったか! そうか、それは悪いことをしてしまったなあ」

 梶原の助言を機に、押し込めた容保の懐が開放されれば。

 何か丸っこい、ふわふわの生き物が、ひょっこりと顔を出した。

(!!! 容保様の懐からッ、なんか雛!? ひよこ!!?)

「いやあ、すまぬ。お八つを与えねばならぬので、余はこれで失礼するぞ」

 震撼する伊織をまるで気にする様子もなく、容保はヒヨコを抱えてさっさと立ち上がる。

「は、はあ……」

 驚きが先に立ち、曖昧に返答するしか出来ない伊織。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ