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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十三章 二律背反(5)



 そういえば、前回もすんなりとは目通り出来なかったのではなかったか。

 佐々木只三郎の実兄、手代木直右衛は、会津藩重役。

「く……! じ、じゃあ、いいですよ。通行証代わりにお供願います」

「つ、通行証……」

 酷く不名誉な衝撃を隠せぬ面持ちの佐々木を引き連れ、伊織はその足で、再び会津藩本陣、金戒光明寺へと赴いたのであった。


     ***


 佐々木の存在のお陰もあってか、今回は難なくその門を潜ることが出来た。

 今ばかりは、多少感謝もせねばならないだろう。

 丁重に叩頭しながら、容保の現れるのを待つ伊織。

 無論、佐々木も今ばかりは厳粛な面持ちである。

 いつもこうしていてくれれば、伊織としても接し易いように思うのだが。

 そう息を吐こうとした頃に、漸く正面から声が返った。

「おお、久しいな! 天晴れであるぞ!」

「殿、意味がわかりませんぞ」

 穏やかながら、明るさを感じさせる容保の声。

 発言に突っ込むのは、きっと梶原の声だろう。

 幾らか日が経ったためか、この殿の調子をすっかり失念していたことに気が付く。

「まあまあ、余も少しそちが気にかかっていたのでな。会えて嬉しい。ささ、面を上げよ! がばっと上げよ!」

「は、ははあ……」

 何となく気の抜ける思いで、そろりと正面を向けば。

 やはり、そこには満面に微笑んだ容保公が鎮座していた。

 そして、傍らにはやはり、梶原が。

「殿にもお変わりないようで、何よりですね、はい……」

 伊織の中の容保想像図とは、相当にかけ離れているものの、やはり実物のほうも好感が持ててしまう。

 こんな人懐こい笑顔を見せられては、畏まった物言いも出来なくなってしまうではないか。

 しかし、携えてきた話題までも、悠長な語らいで終えるわけにはいかない。

「実は、殿と、そして梶原様にお尋ねしたいことが少々」

「うむ、何なりと申せ? でも後で、余の話も聞いてくれ?」

「あ、はあ、私で良ければお聞きしますよ……」

 いちいち勢いを圧し折られる感覚を覚えつつ、伊織は漸く本題を打ち明ける。

「殿も、梶原様も、私を誰かに似ている、と仰られましたね」

 容保のその目を直視して口火を切れば、一瞬にしてその表情が曇った。

「実は、そのことで余も……」

「会いました。その、私に瓜二つな人に」

 単刀直入に言ってしまえば、言葉を紡ぎかけた容保が、声を呑む。

 同様に、梶原の顔色もやや青褪めた様子である。

「確かに、凄く似ていました。若い女性です」

 二人が言っていたのは、あの人のことではないのか。

 そう問うても、眼前の二人は暫し黙したままであった。

 沈黙したままに、奇妙そうな眼差しで目配せし合う、容保と、梶原。

 その雰囲気が、急速に緊張するのが分かった。

「いや、それは見間違いではないのか?」

 不意に伊織に目を向け、確かめる梶原。

 梶原も、その涼しげな面持ちをやや硬くしている。

 何を根拠に見間違いだ、などと言うのか。

 不審を覚えながらも、伊織はもう一言、言い返した。

「暗がりではありましたが、本当に、私そのものでした。見間違うはずがありません!」

「しかし……」

 怪訝に見合う二人を前に、伊織は更に詰め寄る。

「お二人は、私をご覧になって、どなたに似ていると仰ったのですか。あの女性ではないのですか?」

 その問い掛けから、暫時の沈黙を経て、やっと梶原が声を顰めた。

「我が家中に、高木小十郎というものがおる」

「はい」

 伊織が身を乗り出して耳を欹てれば、後を引き継ぐように、容保の声が告げた。

「その高木の娘に、そちは酷似しておるのだ。もう、見たままに、生き写しと言っても過言ではないくらいにな」

 何だ。

 聞いてみれば、何のことはない。

 では、あの女性は、その人で間違いないのだろう。

 真相を知り得て、伊織はほっと胸を撫で下ろす。

「……そうですか、お武家の娘さんでしたか」

 あの強さも、それで何となく納得してしまうが、それはやや浅はかに過ぎるだろうか。


 

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