表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
88/219

第十三章 二律背反(4)



「俺にはどうも、局長ばかりが偉くなったように見えて仕様がねえ」

「うーん、まあなあ。確かに、たまーに顔見たとくりゃあ、妓の匂い振り撒いてんもんなー」

 二人から出るその言い分に、伊織はどうとも答えを失った。

 事実、それは伊織から見ても否定は出来ないように思うのだ。

 余り良くないところへ首を突っ込んでしまったらしい。

「あんたはどう思う」

 再度、念を押すような問いを投げ掛ける永倉に、伊織は不意に視線を移ろわせた。

「さあ、私も最近は、あまり局長にはお会いしてませんから……」

 この場は曖昧にお茶を濁すのが得策かと思えたのだが、そうと返せば次には原田が詰問する。

「じゃあよぉ、土方さんはどうなんだよ。側にいるんだ、近藤さんに対してどういう了見でいるのかぐれえは分かるだろ」

「う、でも、この頃土方さんも、あんまりそう突っ込んだ話をしてくれないんで……」

 ずい、と顔を覗き込む原田に対し、伊織はそれとなく回避を謀る。

 と、両名が同時に、大きな落胆の色を浮かべた。

「あんだよ、お小姓のおめえも蚊帳の外ってか?」

「まったく、局長だの副長だの、何なんだ一体。俺らは同志じゃねえのかよ。同志である以上、立場は同等なんじゃねえのかよ」

 憤慨も露骨に見せ付ける二人を前に、どんな表情をして良いかのかも判断に困る。

 徒に反論して、意図とは逆に憤りを煽っても困るし、かと言って二人の意見に乗じることは、もっと出来ない。

「私も最近、相手にされていないような気がして、寂しいとは思いますけどね」

 結局こんな相槌しか捻り出せない我が身が、一層歯痒い。

 その後、まだ延々と話の続きそうな二人に、おざなりに暇を告げる以外、思いつくことが出来なかった。

「新選組も、いろいろとあるようだな?」

 その場を離れつつ、ふと佐々木が声を低めて言う。

「しかし、お前もあの場で二人に賛同しなかったのは褒めてやろう」

「それはどうも」

「同志といえど、長は必要だ。元々百姓出の近藤が、苦労もせずに諸藩と遣り合っているとは、到底思えぬ」

 どうしたことか、急に真面目に話し出す佐々木を、伊織は意外な思いで見上げた。

「そうですよね? 私もそれに同感です。今だって、局長は余程苦労されてるんだと思いますよ」

 内実を知らぬが故の、憤懣なのだろう。

 永倉の言い分が、全く理解出来ぬわけでも、ないのだが。

 また隊内部の雲行きが怪しくなってきたのは、紛れもない現状であった。

 重く下駄を鳴らし、伊織は屯所の門へと足を向ける。

 と。

「――――!」

 ふと顔を上げた伊織の視界に、開いた門前の間口に、横切る人影が映った。

「あの人……!」

 見間違えるはずもない、あの女。

 以前、黒谷からの帰りに出会った、己の姿に酷似した女が、今目の前を過ぎて行ったのだ。

 咄嗟に門外へと駆け出て、周囲を見渡す。

 だが。

「いない……」

 素早く首を巡らすも、その姿を再び捉えることは出来なかった。

 たった今過ぎたばかりのその姿は、影も無い。

「伊織! どうした! 突然私を置いて行くとはあんまりではないかッ!」

 少々突飛だったその行動に、佐々木も慌ててついてくる。

「今。通りましたよね?」

「? 何がだ?」

「……私にそっくりな、女の人」

 呆然と尋ねるが、佐々木は不思議そうに首を傾げるばかり。

 真正面を通り過ぎたのに、見ていなかったのだろうか。

 立ち往生したまま、伊織は暫し、その過ぎ去った方向を眺めた。

 伊織を幕末の時代に呼び寄せたのが、彼女。

 彼女に出会う直前、会津藩本陣でも、奇妙なことを言われた。

 似ている、と。

 そこに、何かの関連があるとしたなら。

 そこまで思案し、伊織はくるりと佐々木を仰ぎ見た。

「すみません、佐々木さん!」

「何だ、急に改まりおって」

「これから黒谷に行く用事が出来ました。やはり稽古はまた今度お願いします」

「黒谷? 何だ、では私も……」

「いや、来なくていいです。ていうか、来ないでくださ……」

「それで、何をしに行くのだ?」

 と、すっかりついて来る気になっている佐々木の一言で、伊織は口籠った。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ