第十三章 二律背反(3)
正面に原田と、永倉の姿を見つけ、伊織は思わず足を止めた。
いや、屯所内なのだから、二人が何処にいようと別段奇妙なことはないのだが。
けれど、どうにも不自然に感じる。
二人がいやに深刻な表情で話し込んでいるから、なのだろうか。
しかし、ここで二人に混じれば、うまく佐々木を撒けるかもしれない。
ちらりと隣を盗み見れば。
「……浮気か?」
じっとり怪訝に疑いの目を向ける、佐々木の顔。
前々から知っていたが、改めて、この人の頭は少しおかしい。
と、そう思わざるを得ないことが、また少し哀しくもあった。
「私は少々あの二人に話がありますので、どうぞ今日のところはお引取り……」
「む、そんな事で騙されはせぬぞ! 私に隠れて不義密通とは許しがたい!!」
「もうあんた帰ってくれ頼むから!」
説得を諦め、急ぎ足で原田・永倉両名の元へ向かう。
が、佐々木も盛大な勘違いを繰り広げながら、執拗に後を追って来た。
「ままま待たんか! くそう、私を捨てるな伊織ッ!!」
「原田さん、永倉さーん! どうかしたんですか、真面目な顔で話し込んで!」
「ぬああん! む、無視ッ!?」
務めて明るく声をかけた伊織に、件の二人の視線が集中する。
それとほぼ同時に、それまで深刻だった二人の顔も、ぐっと歪められた。
「おう、新八。来たぞ、変なのが!」
「あー、高宮と……いたな、変態が」
「なんのお話ですか? 珍しく硬い表情で!」
にっこりと笑いかけても、二人の視線は明らかに伊織の背後に注がれ続け、暫し離れる気配もなかった。
「お主ら、私の小太刀の餌食になりたいと申すか!?」
「何言ってんだ、こいつ」
「ああほら、新八! 見ねえほうがいいぜ!」
「お、おう」
こそこそと遣り取りを交わす、原田と永倉。
これもまた、いつもの歯切れの良さに欠けるようだ。
「どうしたんですか、いつもと様子が違いますよ?」
見上げるほどに長身の原田を窺い、次いで永倉の面持ちを見遣る。
と、漸く原田がこちらに目を向けた。
「いや、何だかよォ、新八が急に変なこと言い出すもんだから……」
「おい、左之助!」
すると永倉も、慌てたように原田を遮る。
平素ならどっしりと構えた風体の永倉も、割合と目が険しさを増しているようだった。
何か、隠し事でもありそうな二人に、伊織がやや首を傾げたところで。
再び背後の頭上から声が降った。
「お主らの話などどうでも良いわ! さあ伊織、もう良かろう! 早くせねば二人のトキメキが薄れてしま……」
「黙れこの好色爺!」
またも気持ちの悪い発言を繰り出した佐々木に、伊織は一言強烈に言い返す。
そこでやっと、目の前の二人にも苦笑が浮かんだ。
「ぶふふッ!! 高宮、おめえもキツイこと言うじゃねーかよ~!」
「ブフッ! …だそうだけど、佐々木さん、あんた高宮に嫌われてんな!」
「ぬぬうッ! 笑われた……! 伊織、お前の佐々木が笑われたぞッ、早く慰めぬか!」
「だから嫌なら帰ってくださいよ」
「……グスッ」
あくまで冷たく撥ね付けると、背後から微かにすすり泣く声。
佐々木が泣いた。
と、それを機に、永倉の顔が急に和らいだのだ。
(? ……微笑ましいんですか、永倉さん……)
不可思議なその反応にやや戸惑いを感じれば、永倉もまた大仰に溜息を吐いた。
「なあ、あんた。最近の局長、どう思う?」
突如問われ、伊織は思わず眉根を寄せる。
どう、とは。
「ええと、局長、ですか。そうですねえ」
近頃外出の多い近藤とは、滅多に顔を合わせることもない。
池田屋以来、その名を上げた新選組の局長として、日々諸藩のお偉方との談合に忙しいのであろう。
そうとは見当がつくのだが。
「俺は気分が悪いな。毎日毎日付き合いだの何だのと言っちゃあフラフラ出歩いてよ」
こちらは以前と変わらず、毎日、血反吐の出る稽古漬けの日々。
語る永倉の表情が、再び険阻になっていくのが見て取れた。




