第十三章 二律背反(2)
そんな中、自分ばかりが真面目に剣術稽古に出掛けるのは、少々面白くない。
「じゃあ、てめぇも遊郭に行きてえのかよ」
「そういう意味じゃないですけど」
憮然として返すと、土方は意地悪く鼻を鳴らす。
「だろうなぁ? おめえが行っても、面白れえことなんざ、一つもねえもんなあ?」
「そういう土方さんは、行かないんですか」
「うるせえ、俺はいいんだよ」
切り替えした途端に、このあしらい様。
些か照れ臭そうに、土方は顔を背けてしまう。
自分のこととなると、すぐに話を逸らすのだ。
詮索を受けるのが嫌なのか、それとも、単に話すのが照れ臭いだけなのか。
このところ、伊織は土方との間に妙な隔たりを感じることが多くなっていた。
何となく、今まで身近に見えていた隊内上層部が、急に不透明になったように思えるのだ。
局長の近藤も、このところは留守がちであったし、土方は土方で、自身の職務には伊織を一切近付けなくなった。
それとなく遠ざけられているような気も、しないでもない。
「……分かりましたよ」
ふう、と一つ吐息して、伊織は立ち上がった。
「剣術の稽古、行ってきますよ」
「ああ、行け行け」
背を向けたまま、土方は手の甲で追い払うように言い捨てる。
と。
「剣の道は険しく厳しく、且つ奥深いぞ!! お前のその言葉を待っていた!!!」
襖を叩き割る勢いで現れたのは、件の佐々木であった。
いやに鼻息荒く、やる気も充満し過ぎて、全身から溢れ出るほどの存在感。
一体何時から、そしてどうして、この場にいたのか。
「……うわー。相変わらず鬱陶しいですね、佐々木さん」
「プ! 迎えが来て良かったじゃねえか」
「フフ……その顔、本当は待ち侘びておったのだろう……このッ、お前! 照れ屋さんめ!」
残暑の頃に、佐々木只三郎の大開放。
目にするだけで気力を削がれる。
厳しい面構えで、佐々木は無理矢理片目を瞑ってみせた。
(きも……)
やはり剣術稽古はやめようか、そう迷った時、土方がやおら顔を上げた。
「何時まで突っ立ってんだ、邪魔だ! 佐々木さん、あんたもさっさと、こいつ連れて出てってくれ!」
「む! そうか、では土方君。祝言にはお主も呼んでやろう!」
「土方さん、私、こんな師匠イヤです」
「ぬううッ!? この私の何が気に入らぬのだっ!!」
「全てです」
「ぬおおお……っ! 何という残酷な事を申すのだお前ッ!?」
「ああーーーっ、もううるせえ!! 出て行け馬鹿共っ!!」
***
半ば追い立てられるように、渋々と副長室を出た伊織。
縁側から表へ降りるその隣には、いやに至近距離で付き纏う佐々木がいる。
真南に昇った太陽も、まだまだ熱い日差しを浴びせ掛けていた。
秋も徐々に近付いている気配はあるものの、それでもまだ、日中は残暑が厳しい。
「さて、では一頭の馬に相乗りで行こうではないか? うふふん」
「……なんで付いてくるんですか、佐々木さん」
「ぬううう!? ど、どういう意味だッ! け、稽古に来るのだろう!?」
「あんまり行きたくないです」
「では何だ、嫁に来るのかっ!? そうか、そうなのだな!?」
「死んでもイヤです」
「むむ、元気がないようだが、どうしたのだ! よもや佐々木失調ではあるまいな!?」
「なんですかそれ」
「なに、お前にとって、この私という栄養分が不足しているのではないか、とな」
「いえ、間に合ってます」
あっさりと返し続け、伊織はふらふらと屯所の出口へと足を向ける。
悉くあしらわれるのにもめげずに、佐々木もしつこくその後に付いて来ていた。
どうしても、稽古に引き摺って行きたい様子だ。
さて、どうやって撒いてやろうかと、あれこれ思案を巡らせていた、そこへ。
「あれ? 原田さんだ」




