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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十三章 二律背反(1)




 鬩ぎ合う蝉の声も、漸く終息を感じさせてきている。

 元治元年も八月に入り、数日が過ぎていた。

「ほらよ。おめえの取り分だ」

 そう言って差し出された土方の手には、一両。

「何ですか、このお金」

 土方がくれる小遣いにしては、少々額が多い。

 その手元から視線を上げれば、何食わぬ顔で煙管をふかす土方の横顔があった。

 小遣いにしては多いが、先日皆に支給された、池田屋の褒賞金と考えると、妙に少ない。

 勝手な行動を取ったとはいえ、怪我まで負って戦ったのだから、額はもっと多くて良いはずだ。

「いらねぇなら、俺が懐に入れるぞ」

「ええ!? ちょっと待ってくださいよ!」

 差し出していた一両を懐に仕舞おうとする土方の腕を、伊織は咄嗟に引き止めた。

「何でそうなるんですか! それ、私の分の褒賞金なんでしょう!? 猫糞はやめてくださいよ!」

「何だと?」

 がっしりと両手で腕を掴んでいれば、土方からは少々機嫌の悪そうな睥睨が返る。

 人様の取り分で私腹を肥やそうとしたくせに。

「おめえの取り分なんざ、端っから出てねえんだよ。それを俺が自腹切って出してやろうってんだ」

 何か文句があるのか。

 と、凄んでくる。

「うわ……私の分、出てないんですか……。怪我までしたのに」

「ったりめえだ。本来おめえは留守隊に入れる予定だったんだからな!」

「土方さんの褒賞金額は、いくらなんですか」

「俺ぁ副長だからな、二十三両だ」

「二十三両? 中途半端ですね。クス!」

 確か、局長の近藤には三十両ほどが渡されたのに、副長が二十三両とは。

 もう少し切りの良い、二十五両くらいにならなかったのか。

 幕府も結構世知辛い。

「うるせえ! もういい、てめえにゃ一文だってくれてやらねえ!」

「ああッ! そんな!」

 掴んだ伊織の腕を振り払い、土方は改めて自らの懐へと忍ばせてしまった。

「だいたいなあ、てめえの刀は俺が貸してやってんだ。その上、身の回りの支度金だって、全部俺の懐から出てんだぞ!?」

「……それはまあ、そうですけど」

「池田屋や、こないだの戦で散々振り回したその後、誰がその刀を研ぎに出したと思ってやがる!?」

 先達て、池田屋の一件から連動して起こった、禁門の変。

 その戦でも、伊織は留守役を申し付けられた。

 だが、無論、それを甘んじて受けるでもなく、初陣を経験したのであった。

 たったの一日で勝敗は決まり、幕府側の圧勝。

 長州は御所に発砲したことで帝のおかんむりを買い、逆賊の汚名を着ることに相成ったのだ。

 新選組の側でも、この戦を機に、隊士の数が激減していた。

 何も、戦死が全てではない。

 どさくさに紛れて脱走した者が殆どだ。

 そんな激戦の中、伊織も土方から借用している大刀を振るったのだった。

「だって、土方さんの刀ですから。研ぎに出すのも、土方さん、ですよね」

「だろう! おめえが持てる金なんざ、この世にゃあ一銭だってねえんだよ」

「……ちッ」

 どうしても金が欲しい、というわけではないが、土方のこの言い方がどうも気に入らない。

 金が入ったら、せめて着物くらいは自分で新調しようと考えていたのに。

「ほっほう、舌打ちとはいいご身分だ。怪我ももう完治してんだ、さっさと稽古にでも行ったらどうだ……?」

 やや口の端を引き攣らせ、土方は嫌味たっぷりに笑った。

 稽古。

 つまり、金の無心をする余裕があるなら、佐々木のところにでも行って来い。

 という意味である。

「でも、みんな褒賞金が出て、ウハウハしながら遊里に出掛けてるのに……」


 

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