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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十二章 有為転変(2)


 中へ通されるまで、そこを一歩も退く気のなかった伊織の前にまで来ると、男は不思議そうに伊織の目を見詰め下ろす。

「新選組の人かい?」

「……ええ、まあ」

「以前にお会いした事は、なかったかな?」

「は? ……いいえ、ないと思いますが」

 突然に何を寝惚けたことを言い出すのか。

 伊織にとって初めて見る顔であったし、先日の池田屋での騒動でも、会津藩兵が到着する前に撤退したのだから。

 顔を合わせているはずがない。

 なかなかに顔立ちの凛々しい男で、こう上から見下ろされると僅かに怯む。

「そうかな……。何処かで見かけたような顔だと思ったんだけどな……」

 いやに気にする男は、繁々と伊織の面立ちを探るように見詰めた。

 その執拗さには伊織もさすがに辟易し、挑むように眦をきつく吊り上げた。

「……って、あなたに会おうが会うまいが、今は関係ありませんから。私は柴さんの件で、容保公へお知らせしたいことがあるんですッ!!」

 わざと男の耳元に大声で聞かせてやると、ほんの少し身を引き、目を数回瞬く。

「わかったわかった!」

「じゃあ、お通し願えますね!?」

 賺さず詰め寄る伊織に気圧されたように、男はやや身を仰け反らせた。

「か、梶原様! しかし……!」

 伊織を通すと約束した男に対し、門兵は慌てて止めにかかる。

「まあ良かろうよ。新選組の人なんだろう?」

 梶原、と、それがこの男の名であるようだ。

 だが、それは今特に気にかけることでもなく、兎に角急ぎ容保公に目通らねば。

「お早くお願いします」

「ああ、わかったよ。しつこい人だな、主も」

 むくれた顔で渋々身を翻す梶原の後につき、伊織は漸く門を潜る事が出来たのであった。


     ***


「そのほう、以前どこかで余と会わなかったか?」

 許可を得て伊織が粛々と面を上げると、再び覚えのない問い掛けを受けた。

 今度は梶原ではない。

 会津藩主、松平容保公直々に、である。

 余りの唐突さに、伊織は暫し目を白黒させた。

(どうやったら過去の私が容保様に面識を持てるんだよ……)

 心中で突っ込む伊織だが、表向きには口が裂けてもそんな無礼な物言いは出来ない。

「……いえ。これが初めてにございますが……?」

 それ以外に答えようもなく、正直に返すと、容保公の表情が不可解そうに歪められた。

 何か、会津には自分と似たような人間がいるということだろうか。

 不可解なのは寧ろこちらのほうである。

「そうか。いや、何処かで見た顔なのだが……思い出せぬ。可笑しなことを訊いて悪かったな」

「いえ……」

「でも、確かにどこかで見た顔なのだがなー……」

 思い違いだと言っているのに、この執拗さ。

 加えて、先から隅に控えている梶原までもが、話題に参加し始めた。

「左様でございましょう、殿! 私も先に一目見て、何かに似ていると思ったのですが……何に似ているのか、さっぱり思い出せぬので……」

「何か……って、誰か、の間違いですよね……?」

 まるで動物か物かに似ていると言われているような気がするのは、気のせいだろうか。

 そう言う間にも、真正面の容保公からは、じっと食い入るような視線が注がれてくる。

 余程、似ているらしい。

 その、何か、に。

「公、大変申し上げ難いのですが、穴が開くほど見ないで頂けますか」

「あ! すまぬ! おっと、だがしかし、随分としどけない容姿で、見ているこちらも胸がときめくぞ! なあ、梶原」

「ええ、全く。……って、殿。しどけない、ではなく、あどけない、若しくは稚いの言い間違いですか?」

「おお、そうか、そうだな! 間違ってしまったぞ! あっちゃあー、殿シッパイ!」

 てへ、とご丁寧に照れ笑いまで付ける容保公。

 梶原も特にその様子に驚愕しないところを見ると、どうやら常からがこうであると見て間違いなさそうだ。


 

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