第十一章 秋霜烈日(7)
尾形は更に言い攻める。
「そうだぞ高宮。あまり向きになって弁解するあたりがますます怪しい」
「て、てめえ……!!」
「おお、怖い弟子だ。師匠をてめえ呼ばわりとはな……」
***
新選組側では、特に問題として見ることもなく、また数日が過ぎ行く。
その後の長州残党の捕り物も、特に大きな問題もなく着々と進んでいた。
だが――。
***
「麻田が切腹――!!?」
齎された報に、鸚鵡返しに驚愕の声を上げたのは、土方。
麻田時太郎自刃の報は、会津藩へと渡り、さらに新選組にも届くこととなった。
その報せを受けた近藤の口から、たった今、重々しく打ち明けられたのであった。
その場に居合わせた伊織と、山南も即座に瞠目した。
「柴に受けた傷が悪化したらしい。その上での切腹だそうだ」
聞かされる詳細に、土方の手にした煙管が細く軋む。
「何でわざわざ切腹なんてしやがった! 丸く収まるモンも収まらねぇじゃねえか!」
「これでは、会津藩も何らかの形で責任を取らざるを得ないだろうね」
渋い面持ちで、山南もこの展開に不安を唱えた。
次いで近藤から、山南の言を肯定するかのような一言が繰り出されると、一同の表情は更に険しくなった。
「麻田自刃の責任は会津に有り、と、土佐藩はそういう態度らしい」
全員の視線が、伏しながら移ろった。
「じゃあ……会津藩は、どう……?」
それに対処するつもりなのだろうか。
伊織がそれを問いかけると、近藤は更に眉間を狭めて言った。
「会津公は、柴司にも同様に切腹をお命じになるらしい」
伊織は、愕然となった。
どう熟考したところで、非は麻田のほうにこそ大きいではないか。
不審な素振りを見せたがゆえに斬り付けられた。
それで何故、柴にまで切腹をさせなければならないのか。
「そんな! 柴さんに咎は無いも同然じゃないですか!? 納得がいきませんよ!」
「ああ、俺も伊織に同感だなァ。土佐側の理不尽な言い掛かりにしか聞こえねえ」
珍しく、土方も伊織の意見に同調する。
「しかし、会津藩は呑まざるを得ないのじゃないかい? 山内容堂公は、公武合体派の大名だ。今機嫌を損ねて不仲になるわけにもいかないのでは?」
「……山南さんの言う通りだ。兎も角、会津公の決定に我々が徒に異義を唱えるのも難しい話だからな」
近藤のこの一言を最後に、一同は沈黙した。
脳裏に浮かぶのは、事件直前に間近で見た、柴の顔。
優しく、真面目そうな印象だったのを思い起こす。
否、ただの印象で終わる事ではなく、実際にそういう人なのであろうことは、伊織には容易に察しがついた。
会津猪、と歌に詠まれるほど、会津には謹厳実直な人間が多い。
それは、元々が会津人であるだけに、伊織にはよく分かっていた。
「――納得がいきません」
つい、本音が口をついて出る。
だが、それはここにいる誰もが同じ思いだ。
けれどそれを差し止める権限を持たぬがゆえに、それ以上、誰も伊織に賛同を唱える者はいなかった。
暑く、重苦しい空気が部屋中に満つ。
尚も、伊織は声にした。
「どうして罪もないのに切腹なんかしなきゃいけないんですか!? 責任なら、何も切腹以外だって取りようはあるんじゃないですかっ!?」
憤りが、全身に迸る。
それでも、さっきまでは共に声を荒げた土方でさえ、今は歯噛みをするのみ。
公武合体など、いずれなくなる派閥だ。
山内容堂とて、いずれは官軍となる藩主。
その機嫌を取るために、何故咎なき会津の藩士が腹を切らねばならない。
憤りが過ぎ、打ち震える声で、伊織は呟いた。
「――私、容保公にお目通りしてきます」
【第十一章 秋霜烈日】終
第十二章へ続く




