第十一章 秋霜烈日(6)
「それは、そうですが……」
「どう考えても、非は五分五分としか思えんなあ」
近藤の意見には、伊織としても同意だ。
麻田が何故逃げなければならなかったのか、それは当人に問うより他に知る術はない。
だが、とうに藩邸へ移った麻田に面会する事は、到底難しいだろう。
「まあ、場の状況から言っても、そうそう大袈裟な事にゃあならねえだろうよ」
はっと詰めた息を押し出すように、土方が吐息した。
「そうだと良いんですが……」
二人がそう言うならば、最早麻田の回復を祈るよりない。
悪い予感はこの事件であったか。
と、そう判明しながら、蟠りは一向に消える気配は感じられなかった。
「失礼します」
開け広げた局長室の縁側に姿を現したのは、昼間伊織が行動を分かったきりの、尾形だった。
声をかけると共に、尾形は素早く膝を折り、叩頭する。
「ど、どうしたんだね、尾形君」
その突然の行動に些か目を見開く近藤。
その隣にいて、土方もまた反応を示した。
「おい、伊織。見てみろ。尾形君は、おめえの監視が行き届かねえことをあれほど気に病んでるみてえだぞ」
「うるさいですね、土方さん。だから私だってさっき謝ったばっかじゃないですか」
変に言いがかりを付ける土方を横睨みすると、土方からも同様に睥睨が返される。
土方の場合、伊織の身勝手な行動に腹を立てているらしい。
「局長、副長。今回の事、明保野亭に土佐藩士が出入りしている事実を知りながら、報告を怠った私にも責任があります」
土方と伊織の睨み合いなど気にも留めず、尾形はそう言って詫びた。
「まあまあ、今回はどう考えても不審な行動に出た麻田というのが悪いようだ。尾形君が気にすることでもあるまい」
おっとりと寛容な言葉が、近藤の口から紡がれると、尾形もやっとでその面を上げる。
「そうだそうだ、紛らわしい土佐の野郎が悪ぃんじゃねえか? 君の不手際といやあ、コイツの監視不足ぐれえなもんだろう」
「土方さんって、本当、何て言うかいちいち嫌な言い方する人ですよね……だから佐々木さんにケツを狙われるんですよ……?」
遠まわしな責め方に内心むっとした伊織は、昼間尾形に言われた言葉を、そっくりそのままぶつけてみる。
「んなっ……!! 馬鹿野郎! ふざけんな、俺は狙われてねえ!! 断じて!!」
「あんまり怒鳴ると、今度土方さん名義で佐々木さんに恋文出しますからね!! 怒ってばっかなんだもん、土方さんて!」
「けっ! 書けるもんなら書いて見やがれ! 手習いなんざやったこともねえくせに!」
「おいおいまた喧嘩かー? トシももういい加減に……」
「ああ、そういえば……」
辟易した近藤が仲裁に入ると間もなく、尾形が一人寒々しいまでの冷静さで口を挟んだ。
「高宮、武田さんにもケツを触られたそうだが……無事だったのか?」
「ギャア! 尾形さん何で知って……!?」
「いや、武田隊の奴らが面白おかしく、そして逞しく噂をしていたから……」
「ヒイイ! た、逞しいまでの噂!?」
「ブプーーーッ! おい尾形君、そいつぁ本当か?」
「本当のようです」
「困ったもんだな。最近はどうも男色が流行っているみたいだからなあ……」
近藤も近藤で、やけにのんびり話すから困ったものである。
「で、高宮。無事だったのか?」
「無事ですよ! しつこいなあ尾形さんも!!」
執拗に尋ねる尾形に一喝すると、それまで無表情だった尾形の顔が一変し、妙に怪訝なものになる。
「何ですか、その疑いの眼差しは!?」
「……」
伊織の頭の先から、折った膝頭までを、尾形はじろりと眺める。
「………いや、別に」
たっぷり怪しむ目線を寄越しておきながら、何が別に、なのか。
「私は無事だって言ってるじゃないですか! その目、やめてくださいよ!?」
「俺の観察力をなめるなよ」
「だから無事だってえのが聞こえねえのかよ!」
ついつい口調も土方化した時、ようやっと近藤が宥めに入った。
「あー、高宮君、君も少し落ち着いたらどうだね」
しかし。




