第十一章 秋霜烈日(1)
元治元年、六月十日。
その朝、武田観柳斎の隊と警護のために常駐している会津藩士五名ほどが、東山へ巡察に向かった。
「……なんか、嫌な予感がする」
門からぞろぞろと出発していく隊士たちを縁側から見送りながら、伊織は呟いた。
「おめえの報告にあったからあいつらを出したんじゃねえか。予感だとかってぇな腑抜けた事を言ってねえで、引き続き町ん中を探って来い」
「それはまあ……、そうですけど」
むすっと機嫌の悪そうな口振りは、土方である。
確かに昨日、尾形と出向いた東山が怪しいとは報告した。
となれば、土方が隊士たちを巡察に向かわせるのは当然のこと。
だが。
何か、心に引っ掛かる。
それが一体何なのかは今一よく判断できないのだが、また一波乱起こりそうな、そんな予感がするのだった。
「人のことに感けてんじゃねぇ。おめぇにゃ他の任務があるんだろうが」
伊織の煮え切らない様子にますます機嫌を損ねたのか、土方は軽く伊織の背を小突く。
「わかったらとっとと女装しろ」
「ええー? また女装ですか?」
慣れない着物は歩き難いし、それに、女の姿でいるというだけで妙なおまけも付いてくる。
男にちょっかいを出されるのは正直苦手だし、出来れば男装をしたい。
そう言ってみると、土方はますます鋭い眼差しを投げてきた。
「利き腕負傷して、万が一にも斬り合いになったら勝てんのか、てめぇは」
「……斬り合いにならないようにすれば問題ないですよね」
何も、男の姿であっても帯刀しなくて済む方法ぐらい、ある。
ふふん、と得意げに鼻を鳴らした伊織だったが、土方は怪訝そうに一睨した後、嘲笑うかのような口調で一蹴した。
「町人に化けるってえなら、銭のことも京弁もしっかり身についてんだろうな?」
「……」
「……女装で決まりだな。暫く尾形君の女でも演じてろ」
あっさりと勝敗を決められ、がっかりした意思表示として伊織は溜め息を吐く。
「……うーん、でも、なんか胸騒ぎがするんですよね」
女装の面倒さは一先ず折れるとしても、何かを忘れているような、そういうもどかしさを感じずにはいられない。
再び話を振り出しに戻したが、その途端に土方の威圧するような視線が注がれる。
多分、
「ぐだぐだ言ってねえでさっさと行け」
という意味だ。
伊織が結構いろいろ重要なことを知っていることぐらい、土方は身をもって承知なはずなのだから、少しくらい気に留めてくれても良さそうなものを。
わかってはいるが、改めてつれない鬼の副長様である。
「わかりましたよ、行きますよ。行けばいいんでしょう」
わざと仏頂面を作って、伊織は土方の脇をすり抜けた。
***
「私を暫く尾形さんの女にして下さい」
土方へのささやかな当て擦りのつもりで言うと、尾形はあからさまに渋い顔をした。
「……お前、男だろう。そういう事を軽々しく言ってるから佐々木さんにケツを狙われるんだぞ……」
「けッ、ケ……! ヒイイ、くわばらくわばら……!!」
尾形の妙に的確な突込みにより、返り討ちに遭う。
意外にも、尾形が他の誰より一番頻繁に佐々木の話題を持ち出してくるような気がする。
昨日、助言が有難かった余りとはいえ、こともあろうに佐々木に抱擁を許してしまったばかりなのだ。
普段ならば絶対に有り得ないであろう事だが、それ故に尾形の言葉も何となく生々しく感じてしまう。
「滅多なことを言うもんじゃありませんよ、尾形さん……!」
「……お前もな」
薄ら寒い眼差しを寄越しつつ、尾形は胡坐を掻いたままで足袋を履き始めた。
伊織も既に女装済みだが、今日のところは自力で着付けをこなしてみた。




