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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十章 並駕斉駆(4)



 間柄ではないのだが、この面ではそう見せかけていたほうが無難なのかもしれない。

 少なくとも今の二人の容貌からはそういう解釈がごく自然である。

「そ、そうなんですよー! もーう、久し振りに二人で街を歩こうか、なんて俊ちゃんが言うもんだから!」

「し、俊ちゃ……!?」

「おーの! おんしもへらこいのう! わしも混ぜとうせ!」

 思わず調子を合わせてしまった伊織だが、横合いから土佐男に突かれる尾形の様子を見て、血の気が引く。

 きっと内心で大激怒だ。

 変装中とは言えど、師匠をちゃん付け。

「わしゃ、毎日ここに昼飯食いに来ちゅうが、おまんのよーな女子と出逢うたんは初めてじゃあ~。げにわし好みじゃき」

「は、はあ、どうも」

 総髪に髷を結ったこの男、食い気の次は色気に走る。

 しっかと伊織の手を握り締め、至近距離まで顔を近づける。

 女装をすると、こんな災難があるのか。

 尾形も何かそれらしくあしらってくれれば良いものを、くすくすと愉快そうに忍び笑っているだけだ。

「すいませんねぇ~、私は一応、連れがいますもんで……」

「んー、はがいたらしいのう! けんど、そこがまたぐっと来ゆうがじゃ~」

「……アハハ。さて、私たちはもう行きましょうかね……」

 さりげなく男の手をかわし、伊織は颯爽と席を立つ。

「また会えたら、わしとも二人で街歩いてくれるがじゃろ?」

「もう会いませんって!!」


     ***


 夕暮れも迫りかけた頃、伊織は尾形に引き摺られるように、壬生の界隈まで帰り着いた。

「尾形さん、足が痛いです……」

 慣れない格好で一日歩き通しだったため、今ではもう下駄の鼻緒に擦れただけでひりひりする。

 寧ろ脱いで裸足になったほうが歩き易いのだが、それだけはこの堅物の師匠が許してくれなかったのだ。

「しっかりしろ、情けない。屯所はすぐそこだ、血が出ようが指が千切れようが歩け」

「ひどい言い方しますね……」

 尾形よりも数歩遅れて歩く伊織を振り向き、尾形は腕組みをして心底呆れたように息を吐く。

「お前は佐々木さんに日頃どんな稽古をつけてもらってたんだ。まったく、軟弱な」

「そんなこと言っても、足の指までは鍛えられないですよ~!」

 本当にもう、指の間が裂けそうなくらいに痛かった。

 屯所はもう目の前なのだが、そこまで歩いていくのも億劫なほどだ。

 ついに伊織は足を止め、その場に蹲った。

「我儘言ってもいいですか?」

「駄目だ」

「ちぇっ……」

「まだ戻って副長に報告せねばならんのだ。こんなところでへたり込むな」

「……」

「……」

 暫時上から見下ろしていた尾形も、やっと蹲る伊織の傍らに屈み込んだ。

「下駄、脱いでもいいですかね?」

「……仕方が無いだろ、脱げ」

 やっとお許しが出たことに安堵し、静かに足を下駄から外す。

 と、急に浮遊感が襲った。

「あれ?」

「本当に手のかかる……。にしても、お前、本当に男か? 軽すぎる」

 自分の位置を確かめて、伊織は驚愕した。

 あの尾形に、抱え上げられていた。

「尾形さん!? 何してんですか――ッ!?」

 横抱きにされたまま絶叫すると、尾形は鬱陶しそうに首を反らせた。

「仕方がないだろう。屯所に入るまでこうでもしてなけりゃ、俺が薄情な男に見えるだろう」

 裸足の女子を気遣いもせずに歩けば、傍目には薄情極まりなく映る。

 尤もではあるが、何もこんな抱え方をせずとも、背負うなり出来るではないか。

(……いや、背負われなくて良かったのかも)

 かちこちに身体を強張らせつつ、伊織は自らに言い聞かせた。

 背負われれば、尾形の背と自分の胸部とが密着する。

 となれば、性別も知られてしまうことになるからだ。

 どれだけ鈍感な男でも、そうすれば気が付くのに違いない。

 ……が。


 

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