表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
60/219

第九章 旗幟鮮明(7)



 いくら緊張が一つ解けたからと、これはさすがに土方もぐったりと気落ちした。

 平素のこれさえなければ、監察方は優秀な人材揃いなのに。

「んで、さっきから気になってんだが」

 土方は奥歯を噛み締めながら、ついでとばかりに山崎に尋ねる。

「俺ァたった小半刻、部屋を開けただけだ。ところがどうだ。出る前にはそこに養生してた伊織が、戻った時にゃ忽然と消えてやがる」

 これはどういうことだか、と。

「……副長も過保護すぎんのとちゃうか。大方、隣の部屋にでもおんねやろ」

 面倒臭そうな答え方をした上に、山崎は胡乱な眼差しでぺッと唾を吐き捨てる。

 土方の脳内で、何かが音を立てて崩壊した。

「てッ、てめェ……! 汚ぇなゴラァ、やまざきゃァアー!!!」

「ああもう、やかましい。さっき沖田はんと何や仲良うしたはったで」

「あんのガキども……!」


     ***


 京都の夏の匂い。

 それは初めて味わうものだった。

 きっとこれから、もっと多くのことをこの身に刻んでゆく。

 伊織は畳の上にだらりと横たわる沖田へ向けて、はたはたと団扇の風を送った。

「沖田さん、これからもよろしくお願いしますね」

 控え目に声をかければ、沖田はむくりと顔を上げて、ニッと前歯を見せる。

「こちらこそー」

 平穏の時。

 ……であるはずだった。

 遠雷にも似た足音が突如として起こり、次の瞬間にはその穏やかな空間を瓦解させるかのごとく、鬼が現れた。

「てめーェらァーッ!! まとめて医者に行けってんだよ! 切腹だコラ!!」

「ギャア! すいません! 連帯責任連帯責任!」

 虫の居所の頗る悪そうな土方に縮み上がり、伊織は即刻その場に平謝りを繰り返した。

 ところが沖田は。

「わー。なまはげが出たー」

 と、面白そうに笑うばかり。

 さすがだ。

(私もまだまだ頑張らないと……)

 沖田のように泰然自若と振舞うことが出来るのには、まだ果て無く修行が要るだろう。

「誰がなまはげなんだよ!」

「ちょっと土方さん、機嫌悪いからって八つ当たりしないでくださいよ」

「うるせェ! てめーらは心配ばっかりかけやがるし、どっかの馬鹿親子は脱走するし、山崎は唾吐きやがるし!!!」

「あはは。唾吐かれたんですか?」

 山崎は兎も角、馬鹿親子というのは馬詰らのことだろう。

「それって馬詰さんですよね? 脱走したの。息子さんのほうが、何処かの子守女中を孕ませちゃったらしいですよ」

 と、確か記憶にあるのだが。

 すると、土方も沖田もぱちくりと数回瞬きをした。

「おい、本当のことなのか、そいつは」

「え、確かそうだと思いましたけど……」

「へえー、馬詰君、そうだったんだ。これは土方さんもぐうの音も出ないや」

 土方の過去の所業を示してか否か、沖田は意味深に含み笑う。

「一部の隊士にからかわれたりしてたらしいですから、肩身狭くなっちゃったんでしょうね」

「……だっから、てめーも何でこういつもいつも後になってから教えやがんだよっ!」

 後から教えるのは、一応伊織なりに配慮してのこと。

 だが、その部分も理解して貰うまでの道程はまだ遠そうである。


     ***


 寝巻きから単衣に着替え、伊織は沖田と連れ立って屯所の裏門へと歩いていた。

 いつまでも医者へ行けと言ってきかない土方に、二人仲良く部屋を放り出されたのだ。

 外は茹だるような暑さだ。

「どうでもいいですけど、私、お医者の宛てなんてさっぱりなんですけど?」

「……私も知りませんね。ちょうど良いじゃないですか、何処かで暇を潰して来ましょう」

「沖田さん、それも連帯責任でお願いしますよ?」

 だらりだらりと足を引き摺るようにして、時折額の汗を拭う。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ