第九章 旗幟鮮明(6)
人が真面目に話をすれば、すぐにこれだ。
しかしややあってから、沖田は目尻を下げて改めて微笑んだ。
「いえ、頼もしい……というか、強くなりましたねぇ、高宮さんも」
言って、沖田はぐりぐりと伊織の頭を撫で回した。
島田の手よりは一回り近く細いが、節くれ立った手指の感覚は剣術家のそれである。
「私って、意外と新選組に向いてるのかも」
「そんな風に思えるまでになったんですねぇー」
撫でる手は休めずに、うんうんと頷く。
最近、褒められたり怒られたり、実に極端なことが続いているような。
「大丈夫ですよ。何処に戻れなくたって、もう立派にここで生きていけますって!」
沖田の眼差しが、暖かい。
「自分の存在に、迷いさえしなければ、ね」
付け足された沖田の一言に、今度はしっかりと答えた。
「今回の事件でやっと、本当の意味で諦めがつきましたよ。夢は、元の時代への最後の未練だったのかもしれません」
話を締めくくりながら、伊織は妙な新鮮味を味わった。
人を殺めて間もないというのに冷酷かもしれないが。
「向こうにも家族や親しい人たちがいるけど、今はここにも大事なものがありますから。ここにいるなら、私はそれを大切にしたい」
そこで、頭上から手が離れた。
「大事なもの? それって私ですか?」
「………は?」
大真面目に尋ねた沖田の意外な言葉に、瞠目した。
「だって、自分から土方隊についたのに、私のことが心配で助けに来てくれたんでしょう? そしたら大事なものって、私のことじゃないですか」
「え。まあ、沖田さんも含まれますよ? 勿論土方さんや局長も大事です。あ、尾形さんたちも、ね」
「あ、なーんだ。新選組のみんなが大事ってことかー」
どうやら何か誤解していたようで、沖田は愉快そうに笑う。
その通りだ。
今や、ここは家族も同然だった。
少なくとも、今の伊織にとっては。
***
「馬詰がいねえだと?」
山崎と尾形の報告を聞くなり、土方は畳に煙管を突き立てた。
おかしいとは思っていた。
会所での点呼にも顔は見なかったし、それ以後も一度として父子共々姿を見かけない。
どさくさに紛れて脱走したに違いなかった。
しかし。
「あー、畜生!」
苦虫を噛み潰す思いで、土方は唸った。
何だってこんな時に脱走などするのか。
隊士の数も少なく、その上何かと込み入ったこんな時期に。
池田屋での事件以後、京都に潜伏する長州勢の残党狩りをせねばならない。
その手勢を割いてまで、隊規違反者を追うべきなのかどうか。
「追いまっか?」
何食わぬ顔で伺い立てる山崎の声が、尚苛立たしい。
留守でいたくせに、もう少ししっかりと見張っていることは出来なかったのか。
「……くそッ! しょうがねえ、放っておけ。たかだか馬詰二人の為に隊士を割ける余裕はねえ!」
「ほな、そういうことで」
これも土方の苦渋の決断だというのに、山崎は特に気にするでもなく、ただ言われればそれを汲む。
いや、それで良い。良いのだが、何となく気に入らなかった。
腹の立つのを抑えに抑え、土方はこめかみに手を当てる。
それと前後して。
傍らで何かが豪快に砕け散る音が響いた。
「あ。申し訳ありません、割ってしまいました」
見れば、沢庵大根丸ごと一本を手にした無表情の尾形と、その傍らで無残にも粉々に割れた壷。
「……」
「すみません」
「……何してんだ、おめぇもよ?」
「腹が減ったもので」
さっきから一言も口を開かないと思えば、少し目を離した隙に。
「腹が減ったからって、人の隠して置いた壷見つけて中身食ってんじゃねえよ!」
「副長こそ何処に何隠しとんねん。アホか」
「揃いも揃ってどうなってんだよ監察方はァ!?」
怒りの矛先を尾形に向けるも、当人は顔色一つ変えずに先ずはぼりぼりと土方の大切な沢庵を食し、続いてやおら破片の片付けに入った。




