第八章 疾風勁草(9)
周囲も憚らず、土方は狼狽も顕に必死の呼びかけを続ける。
「土方さんよ~……」
「副長、落ち着いてください」
土方とともに駆け付けてきた原田と島田が、遠慮がちに口を開いた。
だが、それをも蹴り飛ばすように土方は声を荒げる。
「いや、だからねえ土方さん。よく見てちょうだいよ?」
「高宮も生きてますよ、副長……」
何故か気恥ずかしそうに目を逸らしながら、島田が言った。
生きている。
その言葉で、憑き物が落ちたように、土方は我を取り戻した。
じっと窺ってみれば、確かに伊織の呼吸はある。
「ね……? 死んでるどころか、何だかハァハァ言ってるじゃないですか。暑さと緊張にやられたんでしょう」
「死体はハアハア言わねえって」
「………」
「可愛いなあ、副長……」
顔から火の出る思いとは、このことを言うのか。
土方はごほごほと咳き込み、伊織の身体を沖田の隣にそっと横たえる。
「このことは他には言うんじゃねえぞ。いいなッ!?」
あれだけ取り乱した後では、この二人に弁解は効くはずもなく、せめてもと口止めを命じた。
この場で沖田に意識がなかったのは、ある意味では助かったかもしれない。
「えー……でも留守隊の奴らには良い土産話に……」
「ならねえよ!!!」
「じゃあ、今度お汁粉奢ってください、副長」
「口止め料かよ!? いい根性してんじゃねえか、島田!?」
***
熱帯夜の乱闘は、ここから一気に収束へと向かう。
この日、新選組の死者は一名、重傷者は安藤と新田の二名に留まった。
近藤や土方が残りの不逞浪士を捕縛する最中に、伊織は意識のないまま、沖田と共に祇園会所へと運ばれたのであった。
【第八章 疾風勁草】終
第九章へ続く




