第八章 疾風勁草(7)
「大丈夫じゃないですよ! あんまり振らないほうが……」
「皆、無事かーッ!!?」
そこに安否を問う近藤の声が鳴り響いた。
傷の手当も後に回し、伊織は永倉と前後して声のする方、奥の八畳へ駆けた。
二階は死体と血で埋め尽くされる有様だった。
頭を割られた者から体中切り刻まれた者、袈裟掛けに斬られた者まである。
「局長! 沖田さんはッ!!?」
駆けつけるなり、伊織は逆に沖田の安否を問うた。
近藤の奮戦した二階には、もう立ち上がって刀を振るう敵浪士は一人もいなかった。
伊織が相手した三人で、どうやら殆どの片はついたと見て良いようだ。
闇で覆われて近藤の姿もはっきりとは捉えられないが、返り血の夥しさは想像するまでもないだろう。
階下も今し方から急に騒がしくなったようで、恐らくは駆け付けた井上隊が手負いで逃げ出した浪士の捕縛を開始したのだろう。
「! ……高宮君か!?」
「はい。局長もご無事で何よりです」
暗い室内を目を凝らして見回すが、沖田らしい姿はどこにもない。
それに、永倉にはこうして出会ったが、藤堂の姿もまだ一度も見かけていないことに気付いた。
その場に近藤と永倉を残し、伊織は二階の奥まで走り込んだ。
どこにいるのか。
散在する惨たらしいほどの屍を跨ぎ越し、辺りを隈なく凝視して表階段の方向に戻り始める。
伊織がそうしながら表階段からすぐの六畳に到ったのは、程無くしてのことであった。
大刀を手にしたまま、微動だにせず立ちはだかる段だら羽織の背が見えた。
あの肩幅の広い後姿は夜目にも沖田であると即座に判断がつく。
「沖田さん……?」
伊織は六畳の入り口で足を止め、様子を窺うように暫しじっと凝視した。
倒れてはいなかったことに若干の安心をしたが、どうにも様子が可笑しい。
こちらには気がついているはずなのに、振り返ろうともしないのだ。
呼びかけた声に反応はなく、背中を下から上へと逆撫でされるような気味の悪さを覚えた。
よくよく目を凝らしてみれば、その背の向こうには抜き身を構えた影。
一触即発の空気だということが、この時になって漸く伊織にも感知出来たのだった。
双方の息遣いが鮮明に聴こえ、伊織はその場に立ち尽くした。
まずいところに出くわしてしまった。もう片付いたと思っていた勤皇志士がここに残っていたとは。
沖田の背中越しに、敵が仕掛けるのが見えた。
それと同時に沖田の姿がふらふらと踉いた。
倒れていなかったと安堵したのは大間違いだ。
沖田が本調子でないのは明白だったではないか。
それも初めから知っていたのに、自分が参戦することに躍起になって、沖田を気遣うことすら失念していた。
その己の浅はかさが、妙に心に応える。
沖田の身体がゆらりと傾ぐのを機に、伊織は浪士に向けて飛び込んでいた。
「沖田さんっ!!!」
足が、斃れた人間を何体も踏み付けたが、体勢を崩すことなく敵に斬りかかる。
剣先が弧を描いて閃光を放ち、この時初めて、伊織の咽喉から咆哮が上がった。
無我夢中に突進し、刃は見事に敵の手首を切り落とす。
途端に赤黒い飛沫が上がり、捻り潰されたような悶絶の叫びが耳を劈いた。
「高宮さ……どうしてここに、いるんです……」
血泡の海に膝を着き、太刀の刀身を支えに身体の崩れるのを食い止める沖田が、浮された様に呟くと、伊織もまた身を反して沖田の支えに回った。
「すごい熱じゃないですかっ! どうしてこんなになるまで我慢してたんです!? こんな身体で、無茶ですよ!」
「ははは~、無茶は、あなたじゃないですか……。でも、助かりました、……ありが……」
力なく笑みを見せて沖田が言う最中、突如その視線が伊織の後方へずれ、微笑が緊迫に満ちる。
不思議に思い、伊織が振り向きかけた刹那――。
沖田の左手が伊織の全身を突き飛ばし、神速とも言える速さで右手の大刀が繰り出された。
伊織の背後からしぶとく襲撃を加えようとしていた敵浪士の胸に、沖田の突き太刀が二度三度と繰り出される。




