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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第七章 速戦即決(4)


 それだけで部屋を出ようとする土方を、尾形が呼び止めた。

「副長!」

「何だ?」

「密書の検分の時も思ったのですが……」

 尾形の妙に怪訝そうな話し方に、土方は立ち止まり、振り返った。

「高宮は我々ですら知り得ない何かを、知っているのでは?」

 尾形の詰め寄るような視線を受け止め、土方は少しばかり思案する風をした。

「そうだな。知ってるんだよ、あいつは」

 だから役に立つかと思えばとんでもない、こんな余計な気苦労を被られるとは、と土方は嘆息する。

「高宮は何を知っとんのやろか?」

「これから起こること、だろ」

 山崎が何気なく声に出した疑問に対し、土方は簡潔にそれだけを述べると、自らも祇園会所へと出かけていった。

「これから起こること? 何のこっちゃ?」

「俺にもさっぱり意味が掴めません……」

 山崎も尾形も、暫し首を捻った。

「そういえばあいつ、偽名もやけに詳しく知っとったな」

「単独で諜報に動いた気配は少しもなかったのに、桝屋のこともいやに良く知っていた……」

「ほんまに何者なんや、あいつは」

 どうにも釈然としない思いを抱え、二人はそれぞれに屯所の警備に就くのであった。


     ***


 夕刻。

 折しもこの日、祇園祭り当日であった。

 日の入りが迫るとともに街もいよいよ活気づき、人出は格段に多くなり始めている。

 そんな賑わいの中、伊織は次々と集まってくる隊士たちに紛れて、会所に入った。

「高宮さん!? 今までどこに行っていたんですか!」

 入ってすぐに伊織に掴みかかったのは、沖田だった。

「あっ!! おい、高宮じゃねえか! 土方さん、すっっげぇ怒ってんぞ!?」

 続けざまに原田も駆け寄ってくる。

 しかし、二人に対しても、伊織はにこりともせずにその顔を交互に見た。

「少し遠回りをしてしまったみたいで、遅くなりました。土方さんはもう来てますか?」

「今、奥で近藤先生と話し合ってますよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 伊織は軽く頭を下げると、前に立ちふさがる沖田と原田を避け、奥へと進んだ。

 土方が怒るだろうことくらいは、伊織も最初から予測していた。

 だから原田が慌てていようと、特に気にはならない。

 多分、勝手な行動を取るなと怒鳴られるのだろう。

 けれども、こうでもしなければ討ち入りの隊に参加することは叶わないと思ったのだ。

「局長、失礼します」

 そう断って目の前に現れた伊織を、近藤も土方も驚きにさえ近い目で見た。

 それと同時に、土方はすっと立ち上がる。

「その格好はどういうつもりだ」

「私もこちらに加わります」

「認めねえ。すぐに屯所に戻れ。尾形も留守役にしてあるんだ。おめぇの手を借りなくとも、こっちの人手は足りてんだ」

「嘘をつかないでください」

「……あぁ?」

「人手なんか足りてるはずない」

 今、新選組の隊士は全員で四十数名。

 そのうち六名を屯所に残してあるのだから、出動できる隊士は三十数名にしかならない。

 何十人いるかもわからない尊攘派志士の会合に踏み込むとなれば、普通に考えても足りているとは言い難かった。

 組織としての水準を満たしているかさえ、危うい数だろう。

 以前はもっと多くいたであろう隊士がここまで減ってしまったのは、脱走者が相次ぎ、隊規に触れて処罰される者があり、さらには長州の間者とされて処断される者が多くいたためだ。

「実際の隊士の数を誤魔化すために、会津藩へは病欠者が多数だと報告したんでしたっけ?」

 さらりと言ってのけた伊織を前に、土方は苦渋の表情をする。

 それもそのはず。

 伊織は知らぬはずの報告内容を、ずばり言い当てられたのだから。

 新選組隊士だけでは不十分と判断し、土方は会津藩へ援護要請をしていた。

「私も出ます。許可してください」

 至って真剣に願い出た伊織を睥睨し、土方はその頬を平手で打った。


 

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