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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第七章 速戦即決(2)


「ああ。副長もさすがに手を灼いてるみたいだな」

 島田も辟易した風に溜め息をついた。

 伊織は島田から土蔵へと視線を移し、あっと思い立ったように踵を返すと、たった今やってきた方向へ引き返し始めた。

「おい、高宮?」

 気付いてすぐに呼び止めたものの、島田はそれ以上引き留めなかった。

 蔵の中への出入りは許されないだろうから、今は結局戻らせるしかないのだ。

 蔵内から鞭を打つ音と苦悶する呻き声が聞こえ始めたのは、それから程なくしてのことだった。


     ***


「ちっ。何一つ喋ろうとしねえ」

 唸るように土方が呟いた。

 閉め切った土蔵の中は、昼でも灯りがなければ暗い。

 近藤、土方の前には、両腕を後ろに括られた志士、古高俊太郎。

 代わる代わる隊士によって鞭打たれ、着物は破れ、肌の裂け目からは赤々と血が滲み出ている。

 傷は無数に及んでいるにも関わらず、古高はこれまでに己の本名以外は全く口を割っていなかった。

 風の流れの稀少な蔵は暑く、鞭を打つ隊士も噴き出す汗を頻りに拭っては、また古高の背に鞭を入れる。

「既に死を覚悟しているのだろうな」

 近藤が感心とも思える調子で呟くと、土方はその横でぎりりと歯噛みした。

 蒸し暑さと古高に対する苛立ちで、土方の額からも汗が滲む。

「おい。そこまでだ。そいつを逆さ吊りにしたら、釘と蝋燭を持ってこい」

「どうするつもりだ、トシ」

 苛立ちを募らせているのは近藤も同様だが、土方よりもまだ泰然とした構えである。

「決まってるじゃねえか。連中が何を謀ってやがるのか、口を割らせるんだよ」

 冷徹な笑いを浮かべて近藤に言った後、土方は隊士の誰にともなく指示を出した。

「釘は五寸、蝋燭は百目だ」


     ***


 伊織は副長室に駆け込むなり、直ちに着込みをはじめた。

 不慣れながらに防具を着け、浅葱の羽織に袖を通す。

 皆と同じに支度を始めたのでは、必ず遅れを取ってしまう。

 もたもたしていては、出動に間に合わなくなってしまうであろうことは分かりきっていたのだ。

 手を煩わせながらも、やっとで着込みを済ませると、次に伊織は紙と筆を手に取った。

 防具を着けているせいで相当に書きにくいが、伊織はひたすら筆を走らせた。

 書き出すものは、隊士の振り分け。

 記憶にある限り、隊士の名を書き付けていく。

(平隊士の配置までは正確に思い出せないな……)

 つらつらと書き並べた名前の列を幾度も見直してみるが、やはり何名かの配置がわからない。

 これからすぐに目まぐるしく動かねばならない土方の、少しでも役に立てればと思ってのことであったが、こうも不完全では致し方ない。

 今度はゆっくりと筆を動かし始めた。

 何とかして隊士の配置を認めると、伊織は全四書の配置案を懐に忍ばせ、副長室から出た。

 その足で向かった先は、山南のいる部屋。

「山南さん、失礼します」

「高宮君じゃないか。尾形君たちと文の検分をしていたんじゃ……?」

 本人は普段通りに話しているらしいのだが、やはりどことなく落ち着かない様子である。

 また、伊織の装いが物々しいことに気づき、山南の表情は明らかに堅くなった。

「その格好は?」

「今にみんな準備を始めるでしょう。山南さん、これを」

 山南の問いにはおざなりに答えて、伊織は懐中から一通の覚え書きを取り出す。

「ここにある隊士だけで、屯所の守りをお願いします」

「何だって?」

 差し出された名簿にざっと目を通し、山南は訝しげに伊織の目線に視野を上げる。

 まだ古高の取り調べは終わっていないはずなのに、一人先に何かに備えている伊織が妙に山南の気にかかった。

「君は何か掴んでいるのか?」

「それは後で土方さんに聞いてください。古高もそろそろ自白するでしょうから」


 

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