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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第六章 乾坤一擲(2)


 自分の、と言ってもこれは土方から小遣い程度に預かった物で、中の金額までは正確に把握してはいなかった。

 そもそも確認をしようにも、この時代の金銭についてはさっぱりなのだ。

 かっさりと放り込まれた小銭の、その数え方すら知らない。

「ここにある分で足りますか?」

 仕方なく財布を尾形に手渡し、中を確認してもらう。

「ああ、充分足りる…………って、お前まさか……」

 財布を手にしたまま、尾形は怪訝な眼差しを伊織に向けた。

「お金のことはさっぱりですよ。あはは」

 隠していても仕方がないので、伊織はさらりと軽く笑う。

 そういう伊織にがっかりしたのか、尾形の顔色はずっしりと重苦しいものになった。

 げっそりとした溜め息とともに、伊織へ財布を返す。

「……どんな高貴な人間なんだ、お前は……。副長はこのことを知らないんだろう? どうせ……」

「さすが尾形さん! ご名答。土方さんは私がお金に無知なのを知らないはずです」

「やっぱりな……。それも俺が教えてやらなきゃならないのか?」

「お願いします、師匠!」

「……わかったから、そういう呼び方はやめてくれ」

 少しばかり尾形の纏う空気が和らいだかと思ったその時。

 伊織と尾形の背後の腰掛けに、人が座った。

 反射的に振り返ろうとした伊織を、尾形が制する。

「振り向くな」

 言われて咄嗟に伊織は正面へ首を戻した。

 背中に感じる気配からすると、大分体格の良さそうな男であるのが判る。

「……徐々に尻尾は出してきたが、まだ確信には至らない。詳細はここに」

 背後の男が声を潜めると、言い終わる頃には尾形の手に、小さく折り畳まれた文があった。

「山崎を呼び戻したほうが良い」

「そうですか。わかりました」

 言葉短に尾形と会話をすると、背後の男はやおら立ち上がり、店の奥へと入って行った。

 今更になって、伊織はようやっと気付く。

 この茶屋に寄ること自体が『仕事』だったことに。

 尾形は文面に目を通さぬまま袖に仕舞い込むと、伊織に向けて何やら手を差し出した。

「な、何ですか」

「財布だ、財布。無銭飲食するつもりか?」

「やっ……! 人聞きの悪いことを言わないでくださいよ!」

 まだ一口も茶を飲んでいないのに、と言おうとした矢先、尾形の分の湯呑みと団子の皿が目に入った。

 どちらも既に空になっている。

「おッ、尾形さん。食べるの早過ぎますよ……」

「お前が遅いだけじゃないのか?」

 ついさっきも聞いたような台詞を返され、伊織は大急ぎで自分の皿を平らげた。


     ***


「ほ───ぉ、そいつは大変なことだな」

 副長・土方への報告の際、開口一番にこんな言葉が返された。

 尾形は何よりも先に、伊織の金銭感覚の無さを報告したのだ。

 わざわざ一番に知らせることもないのに、と伊織は思う。

「高宮を一人で動かせるようになるには、長くかかりますよ」

「……足枷だろうが、一から教えてやってくれ」

「ええ、大した足枷です」

 少しも遠慮なく言われてしまい、伊織は憮然としてみせる。

 が、土方も尾形もそんなことは気にも留めなかった。

 あの時受け取った文を手渡しながら、尾形は言う。

「山崎さんを京に呼び戻したほうが良いのでは、と島田さんも言っていましたが……」

「派手に動いていやがるわりに、肝心なところは掴ませねえか。……厄介な野郎だ」

 土方は受け取った文を開き、ざっと目を通すと、苦渋の表情を浮かべた。

「桝屋喜右衛門……」

 土方が低く発声した名に、伊織はぴんと耳をそばだてる。

 桝屋喜右衛門。

 こと、古高俊太郎。

 その名を、伊織が知らぬはずがなかった。

 この男が長州藩をはじめ、その他多くの勤皇志士たちにとって重要な位置を占めている。

 簡潔に言えば、志士たちの情報塔のようなものだろう。

 この古高を通して、京に潜伏している志士たちは互いに連絡を密にしている。


 

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