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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第五章 和気藹々(6)


 そういう伊織の態度が気に入らなかったのか、土方は苦々しく溜め息をついて、また布団に潜り込んでしまった。

「アッ!! 土方さん! ふて寝ですかっ!?」

 話はまだ終わっていない、と土方を起こそうとしたが、山南によって宥めすかされた。

「まあまあ高宮君。まだ時間も早いし、いいじゃないか」

「でも……」

「それよりも、さっき尾形君が君を探していたんだが、行ってあげたらどうだい?」

 尾形という名に、伊織はぴくりと反応する。

 こんな早朝から、一体何の用だろうか。

 これを境に、伊織はこれまで頭の中を占領していた佐々木の一件を追い出す。

「尾形さんは、今どちらに?」

「さっき井戸のところで会ったよ」

 山南が答えてすぐに、伊織は首を竦める。

「私がさっき行った時は、佐々木さんと蒔田さんが寝ているだけでしたよ?」

 ちょうど入れ違いになってしまったのかと思ったが、山南はそれ以上に不可解そうな表情になった。

「おかしいな……。私が行った時には、尾形君しかいなかったと思うが……」

 二人が一様に腑に落ちないでいると、何故か土方の奇声が上がった。

「ンぎゃあッ!!!」

 びくっとして声の方を見ると、ちょうど土方が布団から這い出てくるところであった。

「なななな何で俺の布団にッ!!?」

「土方君。お主ばかり狡いぞ………」

 目にしたその光景には、伊織も山南も開いた口が塞がらなかった。

 土方の布団から顔を覗かせる、佐々木の姿。

 そして枕元には、じっと正座する蒔田。

 ついさっきまで井戸にいたはずなのに、どこから副長室へ忍び込んだのか、甚だ疑問である。

 というより、気味が悪い。

 土方が腰を抜かすのも解る気がする。

「えーと、尾形さんは井戸にいたんでしたっけ……」

 言いながら、伊織は取るものも取り合えず、副長室を後にした。

 今見た奇怪な出来事を、見なかったことにして。


     ***


「尾形さーん!」

 庭に降りた伊織は、辺りを見回しながら尾形の名を呼ぶ。

 ようやく朝稽古に出てきた隊士の姿もちらほらと見られ、流れる空気にはほんのりと朝食の炊き出しの匂いが混じる。

 井戸の周囲にまで来て、伊織は尾形の姿を見つけた。

 と同時に傍まで駆け寄り、頭を下げて挨拶する。

「おはようございます。山南さんからここにいるって聞いて来たんですが、こんな早くから何かあるんですか?」

 尋ねた伊織を鋭利な目つきで見、尾形は淀みなく言った。

「四条河原町へ出かける。宴会で腑抜けたその顔を洗って、早急に支度してもらおう」

 昨夜言葉を交わした時とは違い、尾形の顔は完全に監察のそれになっていた。

 尾形の厳粛な態度が伊織にも緊張を伝え、自然と表情が引き締まる。

「四条河原町……。わかりました。すぐに準備します」

 伊織の胸中が、不意に波立つ。

 いよいよ近づく大事件は、あまりにも有名だった。

 その日が今急に、近寄る足並みを速めたような気がした。





【第五章 和気藹々】終

 第六章へ続く

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