第五章 和気藹々(2)
他には、一人木に背を預けて杯を煽る斎藤一と、もう既に酔いがまわってうとうとしている井上源三郎。
今にも夢の世界に入りそうな井上に話しかけるわけにもいかないが、斎藤にはもっと話しかけるわけにいかない。
杯を干しては酒を酌み、そしてまたそれを干す。
ひっきりなしにそれを繰り返しているかと思えば、急に手を止めてブツブツと独り言を言い始める。
よく見れば、斎藤の目は恐ろしいくらい座っているのだ。
そんな人に話しかけるのは、危険すぎる。
(なんだか、癖の悪い人ばっかりだな……)
ここに土方がいればまだ違うのだろうが、伊織は少しだけ肩身の狭さを感じてしまう。
身の置き場がないような気がするのだ。
そうしてもう一度、居並ぶ面々を眺める。
と、ある一点で伊織の視線が凍った。
いるはずのない人間と目が合ったのだ。
恨めしそうに伊織の目をじとっと見つめてくるその人から目を放せぬまま、暫し瞠目する。
そしてその均衡を破れぬままに、伊織は傍らの沖田の肩を叩いた。
「どーしました? 高宮さん?」
酒のせいで、とろんと眦を下げた沖田が振り向くと、伊織は青ざめた顔で訴えかける。
「おっ……お、おぉッ……、お……さん! あれ、ななな何で……!」
「え? おっさん?」
一方向を見つめて固まる伊織につられて、沖田もそちらに目を向ける。
そして、沖田は急に弾けたように笑いだした。
「あははははははっ!! 本当だ! おっさんがいますね!!」
沖田の言う『おっさん』。
それは佐々木只三郎。
その隣には、蒔田広孝。
「そうじゃなくて! どうしてあの二人が来てるんです!?」
沖田はふざけて『おっさん』と言うが、佐々木は土方よりも二つ年上なだけである。
「沖田さんっ! あの二人を呼んだのは誰です!?」
げらげら笑う沖田を激しく揺さぶり、伊織は怒鳴る。
これ以上変な酔っぱらいに絡まれては、たまらないのだ。
「えっえぇ~? 私は知りませんよぉー? あはははは、おっさん!!」
笑いのツボに入ったのか、伊織がどんなに揺さぶっても沖田の笑いは止まらない。
これだから酔っぱらいは嫌だ、と伊織は思う。
「あ、すまないね。お二人は私がお呼びしたんだよ」
くたくたになった原田に張り付かれたまま、山南が口を挟めた。
「えっ……。や、山南さぁん……」
(余計なことを……)
山南に悪気がないのはわかるが、伊織にとってはあまり有り難くない賓客なのだ。
先日垣間見た彼らの本性が、嫌でも思い出されてしまう。
そんなこんなで内輪もめをするうちに、伊織は突如、もの凄い勢いで腕を引かれた。
その反動で、笑いっぱなしの沖田が地面に転がる。
何の執念か、それでも沖田は笑い続けた。
だが、伊織に沖田を構っている余裕など与えられなかった。
「こっ、こんばんは……佐々木さん……」
何を言えばよいか分からず、伊織は無難に挨拶したが、佐々木はしっかりと腕を掴み、相変わらず無言でじっとりと視線を浴びせかけてくる。
「うわー、高宮さんて佐々木さんとそんな関係だったわけ?」
珍しい物でも見るように、藤堂が好奇の眼差しを向ける。
「おーい左之助! 高宮持ってかれちまうかもしんねーぞ!?」
「あぁーん? 知らねぇよ~。俺、山南さんがいればいいや~」
「はははは。気持ち悪いよ、原田君」
周りはさっぱり助けに入る様子もなく、見物を決め込んでしまっている。
この状況を打破すべく、伊織は勇気を出して佐々木の目を真っ向から睨みつけた。
「私に男色の趣味はないので、無闇に触ったり見つめたりしないでください!」
(言った! 言ってやった!)
内心で自分を褒めつつ、伊織は殊更鋭く佐々木を見返す。
すると佐々木は腕を放さないばかりか、伊織の肩にぽすんと顔を伏せた。
「伊織が私に会いたがっていると聞いたから、来たというのに……」
「!? 山南さんッ! そんなこと言ったんですか!?」
「え? あぁ、そうだね。私はニワトリかな」
(何言ってるの、山南さん!!?)
平然としている割に、山南も大分酔っているらしい。




