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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十八章 因縁果報(7)

 

 

「記憶の混濁や喪失を全力で心配されたけれど、転落して一命を取り留めたことの喜びのほうが強かったみたいね」

 時尾は乾いた笑いを溢す。

「あなたの御両親、良い方々ね。結果的に騙し通してしまった上に、私はこうして戻って来てしまったから、今頃またご心痛かと思うとやっぱり胸が痛むわ」

「それですよ。どうやってこちらに戻ったんです?」

「え? 一か八か、あっちでまた清水寺から落ちたのよ」

「!? ……落ちたんですか、二度も」

 語尾を強調すると、ちょっと羞恥を感じたのか、時尾の顔にみるみる紅が差す。

「何よ、何か言いたげな顔ね? 結果戻ってこれたんだからいいでしょう」

「いやぁ、すごい猛者ですね」

 一か八かと言うあたり、落ちたというより自ら飛び降りたと言ったほうが正しい。

 かく言う伊織も、以前、再び飛ぶべきか悩んだことがある。結局、飛べはしなかったのだが。

「ああ、でもね、ただ飛んだわけじゃないわよ」

 あの鷹が先に舞台の下目掛けて滑空し、真下へ向かう途中で姿を消すのを見たが故の決断だった。

 ということらしかった。

「あぁー……」

 何となく、合点がいく気がした。

 時実が舞台から滑空し、中空で消えるのを確かに目にしたことがある。

 思い詰め、完全に途方に暮れたときにあの光景を見たなら、自分も再度身を躍らせていたかもしれない。

 その機会が時尾にはあり、自分にはなかった。それだけの違いだ。

「それで、あなたはどうするの」

「えっ──?」

 じっと見返された双眸に、伊織はたじろいだ。

「あなただって、十分に知っているはずよね」

「……それは、勿論」

 時尾の眼差しは思わず息を呑むほどに鋭いものになっていた。

「先のことを知りながら、最後まで指を咥えて、ただ傍観を決め込むつもり?」

「私一人の力で為せることには、限りがあります。私には、身分も実力も、実績もない。大きな流れに逆らうには、相応の大きな力が必要です」

「けれど新選組って、そういう人には最適なところでしょ?」

 時尾の言う通り、出自を理由に入隊を断るようなことは確かにないだろう。

 入隊する者は殆どが武芸に精通しているし、学問に通じている者も目立つようになってきている。

 実力主義の集団とも言えるだろう。

「新選組自体が、未だそこまでの力を持っていないんです。もっと時間があれば分かりませんが、時代はそこまで待ってはくれない」

「だから何もしないというの」

 時尾の声にやや呆れが混じる。

 端からすべてを諦めているように見えるのだろう。

 事実、何も出来ていない自分が何を言い返したところで言い訳にしか聞こえないであろうことは重々承知の上だ。

 伊織は一つ深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「私に大局を変える力はありません。でも、もしかしたら、ほんの身近なことなら変えられるかもしれない」

「と、言うと?」


 

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