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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十七章 多事多端(9)

 

 

「ないですよ何言ってんですか。単純にほら、他に知ってることがあるなら吐け! みたいに、迫られたことないなぁって」

 尋問らしい尋問は、この時代に来た直後にあったきりだ。

 それさえ、本人のちょっと恥ずかしい話を(あげつら)ってしまったためか、喋るなとお叱りを受けたことを思い出す。

「ほぉ? なら訊くが、自分が今これからどういう目に遭うか、分かっていてそう言ってるんだな?」

 不意に、土方の手がぐいと伊織の顎を掴み上向かせる。

「え?」

「どうなんだ、分かるのか?」

 考えに耽っていて、土方が傍らに来てその片膝をついたことにも気付かなかった。

 息がかかるほどの至近距離で斜め上から射貫く視線に、思わずぎくりとする。

 色っぽい話ではない。

 冷徹な視線が、伊織のそれに絡む。

「え、いや、土方さん、私そういう変な趣味ないですからね」

「一つ尋問してやろう。伊東の入隊は知っていたのか」

「伊東って、参謀の伊東さん?」

 未だ大きな手で顎を掴まれたままで、非常に話しにくい。

 喋る度に指が頬の肉に食い込んでいる感じがする。

(今私、絶対変な顔してるわ……)

 放す気配が無いので仕方なくそのまま話すが、仮にも嫁入り前の女子にすることではないなと思う。

「勿論、知ってましたよ。彼らの行く末も、一応の筋書きは知ってます」

「そいつを話してみる気はあるか?」

「え、珍しいですね。聞きたいんですか?」

「質問に質問で返すたァ、いい度胸だ」

「お褒めに預かり光栄です」

「……褒めてねえよ」

 迫ってみても、怯むどころか一向に狼狽すら見せない伊織にとうとう諦めたか、土方の手が漸く離れた。

「土方さんが考えるように、今の時点で私の話は確定事項ではないです。そうなる可能性が高い、というだけで、たった一つの掛け違いでそうならない場合もあると思います」

 掴まれていた顎を擦りながら、伊織は更に念を押す。

「それを踏まえて、尚聞きたいのであれば話しますよ。他言無用でお願いしたいですけど」

「俺が知りてえのは、奴が俺達にとって吉と出るか凶と出るかぐれぇだ。てめぇの道行きも見えねえ奴が語る未来なんざ、一々真に受けていられるか」

「ふーん? じゃあいいんですね、伊東さんのこと聞かなくて」

「話してえなら聞いてやるが、話す必要がねえと思うなら話すこたぁねえよ」

 相変わらずぶっきらぼうな物言いだが、その言葉にある種の信頼を置いてくれているような気がして、伊織は笑った。

 

 ***

 

「あー、やっぱもっと早い時間に洗えば良かったかも……」

 洗い張りしておいた衣類を取り込みながら、まだ湿気を含んでいることにがっくりする。陽射しがあるから乾くかと思ったが、夏のようにはいかない。

 とはいえ、このまま放ったらかしにするわけにもいかない。

 文句を言われるかも知れないが、副長室の枕屏風にでも掛けさせて貰うほかないだろう。

 伊織が衣類を抱えて縁側に上がろうとした、その時だった。

 下駄で歩く足音が聞こえる。

 

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