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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十七章 多事多端(7)

 

 

 突っ撥ねる伊織に対し、三浦は露骨に顰蹙して上から見下げる。

「前も思ったがその変に高い声。女のような声でなよなよした奴には、洗濯くらいしか出来ることはないよなぁ。何なら他の隊士の分も洗ってやったらどうだ?」

「声は関係ない。人の努力でどうにか出来る範疇を超えた言い掛かりはやめたほうが良い」

「事実だろ? 土方副長の側仕えだからと調子に乗るなよ」

「乗ってない。どちらかと言えば調子付いてるのはあんただろ」

「俺のどこが調子付いているように見えるんだ。まあ俺はどうやら局長にも一目置かれているらしいからな。俺を妬む気持ちも解らんでもないが、悔しけりゃお前も俺ぐらい使える男になるんだな」

 感じが悪いの一言に尽きる。

「私の耳にもあんたのことは随分聞こえてる。平隊士相手に随分横柄な態度を取ってるみたいだな。そんなことを続けていれば、いずれ局長にもお叱りを受けるぞ」

「雑用係に雑用を頼んだだけだぞ、何か問題があるのかァ?」

 苛立ちを抑え、努めて冷静に返したにも関わらず、三浦の挑発は尚も止むことはない。

「っこの野郎……」

 小姑のいびりのようで、腹が立つ。

 だが、この程度の挑発に乗ってしまうのは悪手だ。

 仮にもその目付を申し付けられている立場として、その程度の分別はついているつもりであった。

 土方には土方の思惑がある。

 自分に小姓役を与えられていることにも、その実、監察見習いとして配置されていることにも、何らかの意図があるのだろう。

 と、そう受け止めている。

 無論、伊織を平隊士の群れの中に放り込めば、瞬く間に性別を偽っていることが露見するだろう。

 そういった懸念から随分と守られ、特別な扱いを受けてもいる。それこそ、目の前で踏ん反り返る三浦などより、余程に。

 そう考えの至った瞬間、伊織はすっと苛立ちの引いていくのを感じた。

(あぁ、そうか)

 こんな小物を相手に苛立つ必要などないのだ。

 伊織は投げ込まれた汚れ物を掻き集め、一纏めに軽く絞ると、そのまま三浦の胸元にぶつけるように押し返した。

「雑用係は雑用係でも、私は副長専属の雑用係です。何か頼みたいなら副長の許可を得てからにして下さいね!」

「! うわっ貴様! 何をする! こんなことをしてただで済むと思うなよ!?」

 突き返された汚れ物から滴る水が、三浦の袷を濡らした。

「濡れたついでだ、そいつも纏めて洗ったらどうだ?」

 素っ気なく言い返し、伊織は自分の物をざぶざぶと濯ぎ、最後にぎゅっと絞る。

 手の感覚が無くなるほどの冷たさだったが、早くこの場を去りたい一心だ。

 怒りでぎりぎりと歯を食い縛る三浦を尻目に、絞った洗濯物を空の桶に放ると颯爽と立ち上がった。

 

 ***

 

「あぁぁあぁあんもォォオオオ!!」

 副長室に戻ると、伊織は咆哮した。

「うるせぇ! 入ってくるなり喚く奴がどこにいる!」

「いましたよ、ここに!」

「ああそうかよ、静かにしろ!」

 何があった、とは訊いてくれない辺り、いつもの土方だ。

 非常に嫌な目に遭ったわけだが、汚れ物を押し付けられそうになり、嫁いびりみたいな被害を受けたと報告するのは何となく矜持が許さない。

 

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