第二十七章 多事多端(6)
ここでの話は内密に、と添えて、伊東は立ち上がる。
「どこで誰に聞かれているか、分かりませんよ。あまり幕府を軽んじるようなことをお話しになるべきではない」
「分かっているよ。今のは、そういう意見を耳にしたことがある、という話だ」
伊東はにっこりと笑って、山南に背を向けた。
室内に再び一人きりとなり、山南は静かに目を伏せる。
幸いにも周囲に人の気配は感じない。
盗み聞きされる心配はないだろうが、近藤や土方は幕府に認められんが為に、日々働いている。
彼らとて勤皇の志を抱いてはいる。
けれども、近頃の彼らを見るに、幕府にこそより重きを置いているように感じていた。
この時期、伊東のような人物が入隊したことを、素直に喜ぶべきだろうか。
だが、彼の存在があるために、自らの立ち位置をどこに見出せば良いか。その答えを、今以て出せずにもいた。
***
冬場の洗濯は地獄そのものだ。日が高くなってから漸く差す陽光で僅かに気温が上がっても、そんなものは水の冷たさを緩和してくれはしない。
この時期だけでも洗濯屋に頼みたいところだが、そう多くの給金を貰っているわけでもなく、下着や稽古着にしている小袖などは度々洗わねば流石に汗臭い。
ということで、結局は自力で手洗いだ。
(その上、洗濯板すら無いとかさぁ……)
板でさえ、明治後期にならなければ登場しない。
井戸端で汲み上げた水を桶に張り、伊織はよいせとしゃがみ込んだ。
桶の中で水と灰汁を使って手で揉むのだが、これがまた皮膚に鋭く刺さるように痛い。
他の平隊士たちも、そうして自分で手洗いしている者が大多数だ。
中には面倒臭がって何日も洗わず酷い悪臭になっている者も、まあ割といる。
さっさと終わらせてしまおうと、伊織はじゃぶじゃぶと飛沫を上げて力を込める。
「なんだ、土方副長のお小姓か」
背後からの声に振り返ると、にやにやと嫌な笑いを浮かべた男が立っていた。
伊織と然程に歳も変わらぬ風貌のその顔には見覚えがある。
(うわぁ……噂の三浦敬之助だ)
「ちょうど良かった。ついでに俺のも洗っておけ」
「……は?」
三浦はざりざりと歩み寄り、小脇に抱えた汚れ物をどさりと桶に放り込む。
その拍子に灰汁の混じった水が跳ねて顔面に飛び、思わず立ち上がった。
「あっ!? 何すんだおい!」
「乾いたら俺のところに持って来いよ」
「はぁ!? ふざけんな! そのくらい自分でやれよ」
跳ねた飛沫を拭って多少声を張るが、三浦はたじろぎもせず鼻で嗤う始末。
主たる土方の分なら兎も角、何故にこんな新参者の洗濯まで請け負わなければならないのか。
そもそも三浦は単に平隊士でしかない。
「他の隊士から聞いたぞ。お前ろくに剣も使えなきゃ、学問もからきしらしいな? 副長も何故そんな奴をお側に置いておられるのか」
「それとこれとは関係ないだろ。文武共に鋭意努力中。余計な世話だ!」




