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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十七章 多事多端(4)

 

 

 そう訝った次の瞬間。

「土方は、本当にお前を囲う気はないのだな?」

「ハァ?」

 とんだ爆弾発言だった。

「なんで土方さんが私を囲わなきゃならんのですか。ちょっと真面目に話してたかと思えば結局そういう方向性ですか」

「戯れに言っているのではない。今の土方ならば、その程度は造作もないことであろう」

 浪士組として上洛したばかりの頃ならばいざ知らず。

 その後新選組も徐々にその働きを認められてきた。

 そんな組織の副長ならば、やって出来ないことではない。

 続け様に言い募る佐々木に、伊織は呆気に取られた。

「いや佐々木さん、私は土方さんにべったりなように見えるかもしれませんが、別に惚れた腫れたで引っ付きまわっているわけではないですからね……?」

 確かに、魅力的な男性ではあるだろう。

 見目も良く、決断も行動も速く、聞く所によれば花街でもまあおモテになっているようだ。それは否定しない。

「私、土方さんのことを単に良い男、としては最初から見ていないんですよね……。その人が男であろうが女であろうが、そんなことは些細なことで、どうしたって惹かれて止まない。言うなれば、そういう存在なんだと思います」

「…………そうか」

 たっぷり沈黙を挟んでから、佐々木はやがて困ったように笑った。

「まあ良い、お前がそう申すのであれば、私も今暫く様子を見よう」

 一人納得したような面持ちで頷き、また即座に眼差しを強張らせる。

 まるで百面相だ、と伊織は思う。

「だが、新選組に留まるからには、あまり近藤や土方の意に反することは慎め。度が過ぎればお前とていつ何時粛清されるか分からぬ。良いな」

 その声は一層低く、凄みを感じるには充分なものだった。

 

 ***

 

 月は十一月も半ばに差し掛かり、低い鈍色の空から深々と白雪が舞う日も多くなっていた。

 一人静かに書物と向き合う時間が、このところ非常に長くなっていることに、山南自身も気が付いていた。

 読んでいた本を閉じ、書見台に伏せる。

 近藤が江戸から連れ帰った伊東甲子太郎をはじめとする増員があってから、新選組内部は再編成されると同時に、新たに参謀の位が設けられた。

 局長、副長に次ぐその参謀の席に、伊東を据えたのである。

 近藤が拝み倒して招じ入れた伊東には、それなりの肩書を付与しなければならないという配慮もあったものだろう。

 総長の山南よりも上席に伊東を配したということは、実質的に山南の降格も同然だった。

 新選組は、いや、近藤や土方は、どこへ向かおうとしているのか。

 近頃よく思うのは、そこに尽きる。

「やあ、山南君。少しお邪魔しても良いかな?」

 締め切った部屋の戸を滑らせ、山南を覗いた顔はまさに今し方脳裏に浮かべた顔だった。

「ああ、伊東さんか。どうぞ」

 にこにこと笑顔を浮かべ、伊東は招かれるままに室内へ足を踏み入れる。

「君と少し話をしたくてね。新選組の中でも特に勤皇の志に篤いと聞いたもので、どうにも興味が湧いてしまった」

「そこまでではありませんよ。浅学にして、貴方と論じ合えるほどかどうか」


 

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