第二十七章 多事多端(3)
礼と共に、手拭いを受け取る。
吐く息は白く日差しもない寒さの中だが、一刻も稽古を続ければ息も上がり汗も流れ落ちた。
汗が冷えれば即座に風邪を引くような季節だ。
伊織は汗を拭いながら佐々木に問う。
「すみません、流派の名は聞き覚えがありますが、流石に誰がどの流派を体得しているのかはちょっと曖昧です」
新選組幹部に名を連ねる人物の流派はある程度覚えていたが、新選組といえば真っ先に思い浮かぶのが天然理心流だろう。
あとは神道無念流や北辰一刀流など、その辺りが多い気がする。
「隊士は各地から来てますから、本当に様々でしょうし、中には小野派一刀流を学んだ隊士もいると思いますよ」
そういえば、と伊織は佐々木の顔を見上げる。
「佐々木さんて何流なんですか?」
「ん? なんだ、私のことが気にな──」
「いいえ、剣の流派が、です」
稽古を終えるとすぐこれだ。
伊織は食い気味に訂正する。
「まったく、お前は素直さに欠けるな。私の強さに惚れ直したのであろう? 正直にそう申せば教えてやらぬこともないぞ?」
「あ、やっぱ結構です」
「ぬぅう! お前が問うてきたのではないか!? 結構ですとは何だ、もっと食い下がらぬかぁあ!」
がばりと伊織の両肩を抑え込み、ちょっぴり涙目で言い縋る佐々木。
「いやもう何でもいいや。佐々木流でいいですよね、佐々木流で」
「良いわけがあるか! 神道精武流だ!! 己が愛する男の流派ぐらい、確と覚えておかぬか!」
「神道佐々木流ですね、ハイハイ覚えました」
「いやぁ違ぁう!! 覚えておらぬではないかぁぁあ!!!」
***
見廻組の屯所内で帰り支度を済ませ、伊織は最後に礼を述べて帰る。
毎度、こうした礼節は佐々木相手にも怠ることはない。
普段の伊織に対する行動は突拍子もなく、奇怪な言動も多過ぎるが、実際にこうして自ら剣術を指南し、黒谷出仕の際も後見となり、大きな支えとなってくれていることには間違いない。
何故にここまで便宜を図ってくれるのか、甚だ疑問ではあるが、稀有な存在であろう。
「それでは、本日はこれで失礼いたします。ありがとうございまし、た……?」
深く一礼して顔を上げると、こちらを凝視する佐々木の表情に、些かの剣が含まれているように感じた。
「お前は力が弱い。勘はまあまあ良いようだが、如何に稽古を重ねようと、力業では本物の男相手には敵わぬ。速度と技術で補うほかあるまい」
急に真っ当な意見が飛び出す。
「え、はい。そう、ですね……?」
きょとんと見返すと、佐々木は目を伏せ、これまた急に悄然と肩を落とした。ように見えた。
「致し方あるまいな……。お前には、剣などとは無縁の道を幾らでも選べように」
「? 何ですか急に。身を守るためには、剣は必要不可欠ですよ」
「そうには違いないが、土方は本当にお前を一隊士として扱っておるのか」
「ええ、まあ。まだまだ使い物にはならないってことでほぼお小姓役ですけど」
一体何を言わんとしているのか。




