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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十六章 知己朋友(9)

 

 

 慣れぬ本陣で過ごす中で、三浦敬之助個人を気に留めることは無かったが、自らと入れ替わるように入隊した存在そのものには得体の知れぬ不安を覚えたものだ。

「三浦啓之助という隊士の話なら、私も以前少しだけ伺いましたけど……」

 そんなに酷い有様なのか、と問えば、土方は殊更渋面になった。

「これまでも態度のでかさ故にいざこざを起こしていやがる。だが、報告がてら紹介した折、近藤さんが甚く気に入っちまった。挙句、是非とも自分の側仕えにと言い出した」

「局長の側仕え、かぁ……」

 なるほど。と、伊織は思う。

「あぁー……。副長も気苦労の耐えないことですね。お労しや」

 尾形もその懸念を読み取ったようで、土方へ憐憫の眼差しを投げかけている。

 名士大好きな近藤のことだ、それはそれは可愛がられることだろう。

 別にそこまでは良い。

 問題は、三浦がそれを傘に着て際限無く増長していく事だ。

 今でさえ、そこいらの隊士に生意気な口を叩き、愛刀自慢を繰り広げ、食事や寝所においても優遇を要求する始末。

 到底、新参者の取る態度とは思えない振る舞いだ。

「それで、何をすればよろしいですか」

「尾形君、君を五番組の頭に据えるにあたり、その隊に奴を入れようと思う」

「あ、嫌です」

(尾形さーーーん!?)

 仮にも副長命令に対し、即座に拒絶する尾形。

「そこを何とか頼めないだろうか。君が駄目ならあとは総司くらいしか……」

「では沖田さんの隊にしましょう。俺は監察任務でも瘤付きの身ですから、負担は平等に願います」

 にべも無く突っ撥ねる尾形の堂々たる様は、いっそのこと清々しい。

 何にも億せず、凛とした空気を纏う姿に、伊織は感嘆の息を漏らす。

 が。

「え、いや、瘤ってもしかして私ですか……?」

「もしかしなくてもお前だが」

 瘤を斬り捨て、尾形はまた、土方に向けても追撃の一言を差し向ける。

「そういう問題児の扱いは、俺より沖田さんのほうが上手い。それに、局長にごく近い沖田さんに対してならば、横柄な態度も少しは鳴りを潜めるのでは?」

 大体、そこまで酷ければ、放っておいても勝手に自滅するのではないか。

 私闘は禁じられているが、度が過ぎれば粛清の憂き目を見る可能性も充分にあるだろう。

 尾形の意見に、土方もげんなりと肩を落とす。

「奴は一応は正式な手順を踏んでここへ来た。紹介者は会津の侍だ。大方、あちらさんも手に余っていたんだろうが、おいそれと粛清対象にするわけにゃいかねえ」

 一隊士として扱ってはいるが、いわば会津からの客人のようなものだ。

「副長、また面倒臭いものを抱えたもんですね……」

「私も他人の事は言えないかもしれないですが、厄介者を押し付けられたんですね」

「……二人揃って残念なもん見るような目ェするんじゃねえよ」

 土方は緩んだ空気を振払うかのように一つ咳払いする。

「あー、配属の件は総司にも打診する。が、それとはまた別に、君たち二人には念のため奴の行動を監視してもらいたい」

 前述の通り、三浦は土方から見れば会津から預かった客人のような立ち位置だ。すぐに三浦本人をどうこうしようと考えているわけではないらしい。

「出来ればでけぇ問題を起こす前に、松代へ帰るよう促せりゃそいつが一番良い。説得が難しけりゃ、奴の粗を探せ」

 松代へ帰す口実となり得る材料を集めろ、ということだ。

 近藤が是と言わざるを得なくなるような要素があれば尚良し。

 尾形もこの密命に関しては、否やを唱えることもなく、承諾したのであった。



【第二十七章へ続く】


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