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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十五章 天真流露(5)



「そういえば、高宮殿! 先日はまことに失礼致した!」

「はっ!? ああ、……え?」

 急に何の話だ、と驚いたが、何のことはない。沖田と共に伊織の前に現れた折の詫びであろう。

 この高木小十郎には、顔を合わせた途端に突進された、そこはかとなく苦い思い出がある。

「いえ、構いません。無事に娘さんと再会できて良かったですね」

「いやいやいや! このことはいずれ改めて詫びさせて頂こう。立派な男児たる高宮殿と、このようにお転婆な我が娘を見間違おうとは……!」

 高木はぺこぺこと若輩の伊織に頭を下げる。

 自分の父親ほども年の離れた相手に平身低頭されるのは、どうも居心地の悪いものだ。かえってこちらが恐縮してしまう。

「いや本当にもういいですから。そんなに頭下げたりしないで下さい」

「ははは、これはすごい。実の父親である高木殿ですら見間違うとはなぁ。これはいよいよ、二人を見分けるための目印でも付けておいてもらわんとなぁ」

「あらぁ、大丈夫ですよ、梶原様。私は女、伊織殿は殿方ですもの。そもそも普段の格好が違いますわ。見分けるにはそれで充分でしょ?」

 言いながら、時尾はほんの一瞬だけ視線を寄越した。

 何か含みのある合図のようにも感じられたが、結局その場で問うことも出来ず、父娘の再会の場は賑やかな談笑のうちに締め括られたのであった。


     ***


「広沢っ!」

 すぱんっと障子を開け放ち、名賀は鬼気迫る面持ちで広沢に詰め寄った。

 書き物の途中、取次もなく突然現れた殿の側室に仰天し、広沢は思わず手にした筆を落とす。

「ぎょわっ!? 書状がっ!」

「伊織殿が本陣を去るというのは本当なの!?」

「ああああ、書状が台無し……!」

 墨でべったりと芸術的な文様が描かれてしまった書状を、広沢は涙目で見詰める。

「そんなものどうでもよい! 伊織殿が本陣を去るというのに、そなたは何をしてるの! のんびりお絵かきしてる場合ではないでしょ!?」

「な、何ですと!? これはお絵かきなどではなく、重要な――」

「私は反対です! あの方は新選組になど戻らず、私の側用人にすべきですわ!」

「そっ側用人!? ばっ……そんな馬鹿な出世があるわけが……」

 名賀は鼻息荒く広沢に掴みかかり、広沢はそれを払い除けることも出来ずにただ狼狽する。

「伊織殿に会わせて頂戴! わたくしが説得するわ!」

「ちょ、ちょっとお待ちくだされ! あれは元々新選組の者ですぞ!? 我が家中の者でも、縁者でもございませぬ!」

「広沢。あなたは伊織殿が好きかしら?」

 名賀は広沢の襟首を掴み、馬乗りになって上から覗き込む。とんでもない体勢だ。

「それよりも早くお退きくだされ、このようなところを誰かに見られでもしたら……!」

「いいからお答えなさい。広沢は伊織殿を好ましいと思うの? それとも嫌い?」

 名賀を乱暴に突き飛ばすことも出来ず、じたばたと暴れる広沢。しかしそれでも名賀は容赦しない。

「そ、某は梶原殿からあれを託されただけで、好きも嫌いもございませぬ」

「好きでも嫌いでもない、ね。つまり、広沢は伊織殿の上役にありながら、伊織殿のことをなーんにも解っていないということだわ」

 名賀は文字通り上からの目線で、広沢を呆れたように見る。

「はぁ? 唐突に何を――」

「伊織殿が教えてくれたのよ。相手を知りもしないまま目を背けていてはいけない、と。あの方が相談役になってくれれば、わたくしも無闇なお忍びは控えるわ。どう? それでも伊織殿を登用する価値はないかしら」

 あろうことか、名賀は広沢を相手に交渉しようという構えだ。

 だが、広沢もそう易々と丸め込まれてやるわけにはいかない。おほん、となるべく厳めしく咳払いをすると、やおら姿勢を正した。

「名賀姫様。如何に姫様のご要望とはいえ、正式に家臣として召し抱えるにはそれ相応の資格と素養が必要なのですぞ。その上で幾度も審議し、重臣の賛同も得ねばなりません。大体、今の我が藩に新たな知行取りを抱える余裕などあるはずが――」

「広沢の話は退屈ね」

「なっ!? 退屈!!?」

「もういいわ。広沢には頼まないっ!」

 名賀は詰まらなさそうに頬を膨らませる。すると来た時同様、また唐突に立ち上がってさっさと広沢の部屋を後にしてしまった。


     ***

 

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