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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十五章 天真流露(4)



 伊織の記憶が確かなら、時尾は他の人間には見えなかったはず。

 その姿を見、声を聞けるのは伊織だけだった。例外がいたとすれば、他には時実だけだったはずだ。

 それがどういうわけか、中庭で沖田とごく自然に笑いあっている。

「梶原殿、如何か。あれが高木殿のご息女で間違いないか?」

 土方が梶原を振り返り、伊織もまたそれにつられて首を廻らす。

「高木殿のご息女って、ちょっと梶原さん、これは一体……」

「ふむ。なるほどな」

 顎を摩り、得心顔で頷く梶原がちらりと伊織を見た。

「以前、お主と初めて顔を合わせた時、どこかで会った気がしていたのだが、その理由が今解った。そうかそうか、高木殿の娘御にそっくりだったせいか」

 先から連発される「高木殿」というのを幾度か反芻し、伊織も漸く思い当たる節にぶつかる。

 ほんの少し前、出会い頭に突進してきた妙な男がいたが、沖田によればあの人物も高木という名であったはずだ。

(あれが時尾さんの親父さんだったのか……)

 あれ以来、様々なことがあったせいで高木小十郎なる会津藩士の一件などすっかり失念していた。

「ついでにあの鷹も、貞殿にくっついて離れようとしないんだが、出来れば一緒に引き取って頂きたい」

「ほう、そういうことならば良かろう」

「念のためにお尋ねするが、会津公の御愛鳥とはまさかあの鷹ではないか」

「……」

「……」

 土方に指摘され、伊織も梶原も互いに顔を見合わせる。

 石燈籠を止り木代わりに羽を休めた鷹が、くるりと向きを変えてこちらへ跳躍したのはその時であった。


     ***


 結局、梶原はすぐさま時尾を黒谷へ連れ帰った。それと同時に、国許へ発った高木小十郎を呼び戻すべく使者を放つ。

 報告を受けた本陣要職の面々も、些か驚きながらも父娘の再会を喜ばしく思った様子であった。

 そうして後日、伊織と土方、それに梶原の同席のもと、高木親子の再会が果たされたのである。

「ふぅーん、それじゃあ父様は一応必死になって私を探していたわけなのね」

「一応とは何だ、一応とは! おまえが消息を絶ってからというもの、父さん方々探し回ったんだぞ! 清水から落ちたらしいって聞いておまえの葬儀まで挙げちゃったけど!!」

「おい父上、それは即刻取り消せ」

「だっておまえ……! 清水から落ちたのならもう絶望的だろうって聞かされた時の父の気持ちも考えてみろ、馬鹿! それがなんだ、こんなにピンピンして! 馬鹿っ!」

「……馬鹿馬鹿言い過ぎ」

「兎に角おまえが無事で良かった……! もう二度と清水なんか行っちゃいかん! 落ちるから!」

「いやいや、流石にそうポンポン落ちないわよ!?」

「落ちた挙句に神隠しに遭ってた張本人がそれを言うかっ! やっぱりおまえなんか馬鹿娘だっ!」

 些か喧しい親子とは対照的に、傍らでは立派な体躯の鷹が一頭、悠々と寛いでいる。

 容保公の愛鳥・時実だ。

 どういう経緯があって時尾と共に舞い戻ったのかは、未だ判然としない。

 その詳細を知るのは恐らく時尾のみだろう。だが、折角の再会に先んじて問い質すようなことでもない気がした。

 何にせよ、消息不明だった時実が戻ったことは、伊織にとって大きな救いだ。

 時実は少々くたびれた様子ではあったが、外傷もなく、食欲も旺盛。病の心配もなさそうである。

 そこに安堵を覚えたのは伊織ばかりに限らず、梶原もまた同様の様子であった。

「時尾殿も戻られた、殿の御愛鳥も無事戻られた。まさかこれほど早くに発見出来るとは、思いもよらなかったが……」

 梶原はちらりと伊織に目を向ける。

「良かったな」

「はい、本当に」

 白い歯を見せて笑う梶原に、伊織もまたつられて頬が緩んだ。

「……にしても、こうして見比べるとまるっきり生き写しだな」

 土方が伊織と時尾とを交互に見比べ、怪訝な顔で呟く。

 梶原もまたそれには同感のようで、深々と頷いてみせた。

「おめぇと貞殿が衣装を換えりゃ、全く見分けがつかねぇほどだ」

「ほほう、それは面白そうだなぁ。ちょっと時尾殿と衣装交換してみてはどうだ? きっとみんな騙されるぞ」

「梶原さん、冗談はやめてくださいよ。女装なんて御免です」

 そこで突如、高木があっと声を上げた。


 

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