第二十一章 各人各様(9)
そして、飛び込んで来たのは、見るからに重そうな衣装を纏った、若い島原天神。
「堪忍え、遅うなって! こんでも、急いで来ましたんえ?」
「やあ明里、待っていたよ。私こそ、いつも突然ですまないね」
部屋に入るや否や、山南目掛けて飛びついた彼女を、山南は難なく受け止めた。
ちょっと――というか、かなり――、予想していたのとは違うな、と伊織は硬直したまま思わずにはいられなかった。
***
満ちていく月が出ていた。
遮る雲も殆どなく、月光に照らされる農村の景色が広がる。
尾形は一人、ふらりと夜道を歩いていた。
歩き慣れた道では決してないが、迷うほど複雑なところでもない。
地面に自らの姿がくっきりと投影され、手ぶらで歩くのにも不自由しないだけの月明かりだ。
日中も長閑で落ち着いた風情だが、夜は夜で穏やかな静寂の流れる土地である。
夜風は冷たさを帯び、かと言って凍えるほどの寒さもなく、考え事にはちょうど良い日だった。
澄んだ気配の中、しんしんと光を放つ月の輪郭を眺め、尾形は足を止める。
(伊東大蔵……)
水府の学に長けた男。
近藤はその伊東と門弟たちを新選組に組み入れようという算段であるらしいが、それが果たして良策であるのかどうかは、尾形には未だ判断定まらずにいた。
新選組の掲げる志は尊皇攘夷であり、また同時に佐幕でもある。
京での職務は不逞浪士の取り締まり。
だがその浪士たちもまた、尊皇攘夷の志士であるのだ。
その矛盾を抱えつつも、新選組が日々職務遂行するのは、ひとえに佐幕という思想をも持ち合わせているためだった。
尊皇の思いではあっても、それに先んじて幕府が存在してこその思想。
いわば、新選組は「尊皇佐幕」ともいうべき性質を持っている。
そんな組織に根っからの尊皇攘夷派を好待遇で迎え入れればどうなるか。
彼らの入隊が吉と出るか、或いは凶と出るかは、尾形にとって未だ測り知ることの出来ないものだった。
尊皇、佐幕、攘夷、開国。
あらゆる思想と思惑が入り乱れている。或るものは真摯に、また或いは紆余曲折しながら――。
それは、昨今の巷間ばかりならず、新選組そのものもまた同様だった。
尾形は白々とさざめく月を見上げる。
伊東の本懐が尊王か佐幕か、或いは攘夷そのものか、そのいずれに重きを置くものであれ、近藤のあの様子では、最早伊東一門の入隊を阻止することは困難だろう。伊東らが自ら固辞しない限りは。
「俺に出来るのは、助言のみか」
尾形は明日の憂いを吐き出すように、ふっと短く息を吐いた。
【第二十一章 各人各様】終
第二十二章へ続く




