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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十一章 各人各様(5)



 無論、葛山の一件も心に蟠りを残したままだ。

 葛山に限らず、新選組では今後も厳しい粛清が続いていく。

 その事実を知るがゆえの迷いだった。

 好きで、自らが何よりも憧れていたはずの新選組と、土方歳三という人。

 その生涯を傍らで見届けるまでには、幾人もの仲間が彼の裁断で血を流すことになる。

 自分がそれに耐え得るのかどうかも分からない。

 否、今の自分のままでは耐えられないだろうことは明白だった。

 敵を斬るならばまだ良い。

 白刃を交わし、戦った末に見る敵の死ならまだ納得がいく。

 しかし、隊規違反によって粛清されていく同志を数多見続けるのは、過酷なことだ。

 下駄が砂を噛み、ざりざりという足音を立てる。

 ちらほらと隊士が屯所内を行き来する姿が見えるが、誰も伊織の姿に目を留めるものはなかった。


     ***


 やはりと言うべきか、山南は自室で書物と向き合っていた。

 体調の優れないことを理由に、近頃ではすっかり表舞台から遠ざかってしまっているのだが、それでも彼は今以て副長の座に就いている。

 事実、山南は北辰一刀流の名立たる使い手であるし、学問にも精通した優秀な逸材なのだ。

 そこに加えて人柄も温厚とあり、彼を慕う隊士は少なくない。

「山南さん、ちょっとお邪魔してもいいですか?」

 少々遠慮がちに襖戸を引くと、伊織は一歩室内へと踏み入る。

 然程の広さもない一室は、それでもすぐに山南の傍へと近付くことが出来た。

「おや」

 と、山南は眉根を上げた。

 少々の驚きと、微かに歓迎の笑みを含んでいるように見えたが、伊織は何故か知らずと苦笑を浮かべてしまう。

「黒谷に出仕中だと聞いていたけど、どうしたね?」

 思いがけない訪問者に、山南は何処と無く心配の色を浮かべて尋ねた。

 当然、こんな反応が返ってくるだろうことは、伊織も予測していたことだ。

 ごく下座に膝を折り、軽く座礼をしてから、伊織は山南の目を見て言う。

「ええ、実は、公用方の広沢さんにお遣いを命ぜられまして」

「広沢様から? 私宛ての用向きかい?」

「いえ、毎月の俸給なんですけどね。仕度が整ったみたいですから、勘定方のどなたかを黒谷まで寄越してくれるようにと、言付かって来ました」

 簡潔に用件を伝えると、山南は思い出したように「ああ」と頷く。

「そうか、そういえばもうそんな頃合いだったね。分かった、勘定方の河合君に伝えておくよ」

 山南が柔和な笑顔で了解を示すとほぼ同時に、伊織の背後から摺り足で近付く足音が聞こえた。

 気配を殺してはいないが、静かな足取りである。

「おや、またご来客かな」

「山南副長、失礼致します」

 歯切れの良い口調と共に訪れたのは、伊織には面識のない若い男だった。

 きっちりと着付けた小袖と袴、一糸乱れることなく結い上げた髷。

 その立ち居振る舞いの一つ一つが、育ちの良さを醸し出している。

「やあ、三浦君か」

 新たな訪問者の顔を見るや否や、山南は気さくにも軽く片手を挙げて、にっこりと笑いかけた。

(三浦……?)

 初めて見る顔だ。

 それは三浦という男にとっても同じ事で、彼もやはり山南の先客に軽く首を傾げた。

「副長、こちらは?」

「ああ、三浦君は初対面だったね。彼は高宮君と言って、土方副長の小姓役なんだが、今は故あって一時的に肥後守様の御本陣に出仕中でね。確か……、高宮君は三浦君と同い年くらいじゃなかったかな?」

 簡易的にではあったが、山南はそう紹介すると、伊織にも視線を投げ掛けた。

 同い年という言葉だけで、伊織はどことなく親近感に似たものが湧く。

 勿論、この時代で本当に伊織と同い年に当たる者などいようはずもないのだが。

「初めまして、高宮です」

 首だけで軽い会釈をすると共に、伊織は名乗る。笑顔で言ったつもりであったが、三浦はにこりともせず、寧ろ仏頂面で不機嫌そうに「どうも」と返すのみだった。

 三浦はその直後、伊織の存在など全く意に介してはいないような素振りで、山南へ詰め寄る。


 

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