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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十一章 各人各様(4)



 一見そこに不自然はないようにも思えるが、それもまた伊織には意外なことに感じた。

(てっきり梶原さんが筆頭になって受け入れてくれたんだと思ってたけど……)

 そもそも会津藩へ戻らないかと誘いかけてきたのは、他でもない梶原本人だ。

 今一つ解せずにいると、やがて手代木がやや潜めた声で呟くのが聞こえた。

「まあ、おまえの戯れ言はさて置くとして、あの娘が会津の出だということに、本当に間違いはないのだろうな」

「その性質を見るに、奥州人らしい面は多いように感じます。本人はあくまでも会津出身だと言い切っておりますが――」

「確証は無い、ということか」

「ありませんな。だが私の妾になれば――」

「黙れ愚弟、それは聞き飽きた」

 執拗に妾話を持ち出す佐々木を、手代木はぴしゃりと撥ね付ける。

 さすがの佐々木も実兄の前では少々勢いも削がれるようだ。手代木に返す言葉もなかったらしく、すっかりしょげた様子で口を噤んでしまった。

(ブフ! 頑張れ手代木さん!)

 盗み聞きをしている身ながら、伊織はついつい心から手代木を応援してしまった。

 が、間もなく佐々木の声が聞こえた。

「兎に角、兄上には感謝しております。この不穏な情勢の最中、いかに新選組隊士とはいえ、充分な身許も提示せずに、本陣、それも公用方への出仕が叶う道理がない」

「当然だ。新選組はこれまでにも隊内部に何人も敵の間者が入隊してきていたと聞く。罷り間違えば、黒谷にまで長州の間者が入り込む可能性もあるのだぞ」

「重々承知の上です。ただ、あれの出自はどうあれ、決して長州に通ずる者ではない。それは私が保証いたしましょう」

 佐々木は泰然自若として断言した。

 逆に手代木に関しては、伊織の出自に関して少々疑わしく思っている節がありそうだ。

「まったく、我が弟ながら、とんだ入れ込みようだな」

 気を削がれたような手代木の揶揄が入ると、佐々木が豪快に笑い飛ばした。

 その拍子に、

(ああ、そうか)

 と、伊織はふと気付いた。

 そういえば、新選組隊士であること以外、特に身許を調べられていない。

 佐々木が後見として立っているらしいので、或いはそのお陰かとも考えたが、どうやらそれだけではないようである。

 佐々木の後見に加え、手代木の口添えがあって初めて、伊織は身許調査を免除されていたのだ。

 少々詮議を受けたとすれば、建白書騒動の折に斎藤一と共に黒谷を訪れた時に梶原から二、三質問をされたのみである。

(うわ、今ちょっと佐々木さんを見直してしまった……)

 陰でそんな助力をしていながら、伊織の前では恩着せがましく権力を誇示しない。

 色恋に絡めると少々鬱陶しい面もあるが、やはり彼もまた一人物であることを思い知る。

(御礼の一言でも言っておかないとまずいかな)

 などと考えつつも、この場で二人の話に介入するわけにもいかず、伊織は足音を忍ばせて襖の陰を離れた。


     ***


 離れてまだ一月も経たないというのに、その景色は酷く懐かしかった。

 些か気後れするのを誤魔化しながら此処までやって来たのだが、いざ門前に着いてみると意外にも胸が高鳴る。

 ちょうど季節の変わり目だからだろうか。黒谷へ赴いた日に比べ、屯所は随分と秋の色が濃くなっていた。

 門前に立つ隊士と軽く挨拶を交わして、その敷居を跨ぐ。

 まっすぐに勘定方を訪ねようか、或いはやはり本陣よりの使者らしく土方の許を訪ねようか。伊織はここまで来て初めてその選択に迷った。

 近藤不在の今ならば、いずれにせよ副長の土方か山南に事の次第を告げなければならない。

 結局帳簿を捌くのは勘定方だとしても、公の金子を扱う以上はそれ相応の手順を踏まなければならなかった。

 門を潜ったところで立ち止まったまま、伊織は暫時気迷いしていたが、やがて尤も無難な結論を出した。

(よし、山南さんに会っておこう!)

 会津への出仕は、二月ほどの予定だ。それを満了するまでにはまだ一月以上もある。

 ――自らの信念が一体何であるのかを見失いそうだ――。

 そう言って、土方に暇乞いした。

 その手前、心の揺らぐうちは合わせる顔がない気がしたのだ。


 

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