第三章 合縁奇縁(1)
五月に入り、晴れた京の町を、伊織は土方と並んで歩いていた。
だが、伊織の姿は男装ではなく、しっかりと女物の着物を纏っている。
丁寧に女髷の鬘まで着け、どこから見ても町方の娘そのものである。
「今後、外部で行動するときは女装しろ。内部では普段通り男装でいる、いいな?」
新選組の内外によって、性別を使い分けろ、ということらしい。
伊織にとってはどちらかといえば男装のほうが動きやすく、こんな面倒なことをしたくはないのだが、土方には土方の思惑があるようで、異を唱えることは許されなかった。
女装のため刀を差せない代わりに、懐には鉄扇が忍ばせてある。
土方が伊織のためにと用意してくれたものだ。
「京の町に慣れるのは大変だろうが、まずはそれを克服してもらわなきゃ困る。今日のところは俺が案内してやるが、毎回付き合ってやれるわけじゃねぇからな」
「……じゃあ、次からは他の方に案内してもらいますね」
「いや、それもまずい。新選組と関わりが深いと思われちゃあ、おめぇを動かしづらくなるだろう」
新選組隊士と連れ立って外に出る必要に迫られた場合には、男装で出歩くように、と注意を受ける。
「なんだかよくわからないけど、土方さんの言う通りにしていればいいんですね?」
細々とした指示を出されるだけ出され、それを覚えるのだけで手一杯なのである。
今はとにかく自分に課せられた規則を身につけなければ、と思う。
先日出火騒ぎのあった木屋町通りを北へ歩きながら、伊織は神妙な面もちになった。
先のことを考えれば不安は尽きないが、怖がってばかりいても仕方がない。
生き抜くために、すべてを受け入れる決意をしたのだ。
それを今また、改めて思う。
そんな様子の伊織を見て、土方が軽く吹き出した。
「辛気くせぇツラぁすんじゃねぇ。他の隊士に比べりゃあ、おめぇの仕事なんざ楽なもんだ」
「でも、私にとっては大変な仕事ですよ」
と、言い返したところに、前方から複数の男がやかましく怒鳴る声が届いた。
どきっと身を縮めて進行方向を見れば、少し先の小路で浪士たちの斬り合いが始まったところであった。
刀身を弾き合う耳障りな金属音が乱れ飛ぶ。
片一方の浪士数名は浅葱の羽織を着た新選組隊士だった。
「土方さん! あれ、新選組の隊士ですよね!?」
「……ちッ、ウチのほうが圧されてんじゃねぇか」
苦々しく口を歪めて、土方が吐き捨てる。
確かに、人数的に同等な割には、隊士たちのほうが圧されているようだった。
「助太刀したほうがいいんじゃ……!?」
「あー、仕方ねぇな……。伊織、おめぇはどっかその辺に避難してろ」
「え、あ、はい……」
土方は面倒くさそうにため息を吐くと、白刃の飛び交う中へ向けて走り出した。
(大丈夫なのかな……)
ふと土方の身を案じたが、伊織は現場のぎりぎりまで距離を詰め、土方の指示に従って道沿いの軒下に身を寄せた。
「てめぇら、揃いも揃って何てェ様だ!! 朝稽古の量、倍にするぞ!!」
土方の叱咤で、隊士たちの動きがにわかに切れを見せ始める。
──が。伊織はその光景に何とも言い難い違和感を覚えた。
斬り合い自体に気を取られて、相手は不逞浪士だとばかり思っていたが、それにしてはどうにも様子がおかしい。
彼らが圧していることは事実だが、隊士を斬りつけるのを躊躇っているように見える。
加えて彼らが口々に喝破する内容に耳を傾ければ、どうやら最初に因縁をつけて刃情沙汰に発展させたのは、新選組のほうらしい。
刀を振り回す当の隊士たちは夢中になっていて、相手の言葉などさっぱり聞こうとしないようである。
もしかして、と伊織は息を潜めた。
(相手は、見廻組あたりの隊士では……)
京の市中警護の任にあるのは、何も新選組だけではない。
京都守護職はじめ複数の組織が治安維持に従事している。
それぞれ担当する区域が定められる以前には、互いを敵浪士と間違ってもみ合いになることが度々あった。
中でも見廻組というのは、伊織がこの幕末に来たのとほぼ同じ頃に結成された、まだ新しい組織なのだ。




