第二十章 愛別離苦(6)
「奇遇だな、総司。俺もちょうどそんな気がしていたところだ」
「知っている!? 本当かっ! やはり貞は新選組にいるのか!?」
こっそり囁き合っただけだというのに、高木は耳聡く聞き取ったらしい。途端に目を輝かせた。
「いやいやちょっと待て。いるとは言ってないだろ!」
「だが確かに今、知っていると……!」
「高木さん、貞さんがうちにいないのは確実ですよ。ただね、その貞さんに似てるって人が……」
沖田の掻い摘んだ説明が終わらぬうちに、門前に見張りとして立たせていた先刻の隊士が再び姿を現した。
「副長、失礼します」
「あん? なんだ、また厄介な客でも来たか?」
客人の高木を前にして、清々しいまでの嫌味な言い方である。
「いえ、厄介な客ではなく新入隊士です」
「ああ、そうか。来たか」
「待たせておきましょうか?」
「いや、行こう。そういうわけだ、高木さんよ。残念だが人探しなら他を当たってくんな」
来客に気遣って申し出た隊士を制止し、土方は素っ気無く高木に言う。
「待ってくれ。今沖田殿が言いかけたことだけでも聞かせてはもらえまいか。この通りだ」
深刻に食い下がる高木は、更にその額を畳に伏した。
ただでも矜持の高い会津武士が土下座をしたのを、土方は初めて目の当たりにした。
「お、おいおい。そう頭を下げられても……」
一時狼狽しかけたが、土方は一つ息をついて沖田に目配せた。
「しょうがねえな。じゃあ、俺は先に失礼するが、後はこいつから適当に聞いてくれ」
土方はそう言い放ち、隊士を伴って部屋を出て行った。
***
部屋を出た土方の、去り行く足音が聞こえなくなった頃。
高木は沖田を凝視したまま、ごくりと生唾を飲み下した。
「お主は、何か知っておるのだな」
「ええっ!? いや、特に何か知っているというほどじゃ……」
「何でもよい! 貞に関係のありそうなことならば是非聞きたい!」
「うーん、それじゃ言いますけどね……」
これから話すことは、高木の娘であるという貞に、直接何らかの関係があるわけではない。と、沖田は予め強く念を押した。
「わかった。何か手がかりになりそうな話ならば何でもありがたい! 貞に似ているという隊士は確かに新選組にいるのか?」
「容姿が似てるかどうかは分かりませんよ。私も土方さんも、貞さんにお会いしたことはありませんからね」
「貞の容姿はだな、こう、女子のくせに髪を髻に結っただけでな、髷らしい髷を結っていないのだ。いつもいつも髷を結うように言い聞かせていたのだが……全く我が娘ながら何ともお恥ずかしい限りで……」
高木は尋ねてもいない貞の容姿について、捲し立てるように話し出す。
「あの、高木さん、容姿はこの際さて置いて。先ほどの話にあった、清水の舞台から転落っていうあれなんですが、ええーと」
そこまで言って、沖田は少々言葉を濁した。
「やはり清水寺に何かがあるのか!?」
「いえ。実は、新選組にも清水から転落したと言う者がいるんですよ」
「……」
高木は、あんぐりと口を開けたまま沖田を凝視した。
「まあそれも本人がそう言っているだけで、私が実際に転落の瞬間を見たわけではないんですけど」
「……」
「あの、高木さん? 聞いてます?」
「……それだ」
「え?」
「それだ!!」
「いや、でも、話はそれだけで、貞さんに似ているかどうかまでは分かりかねますよ?」
この程度の情報で、一体何の確信を抱けるというのか、と沖田は少々疑問に感じる。
とは言え、高木にとっては余程に切実な問題なのだろう。そもそも新選組の屯所に来た経緯も、恐らくは藁にも縋る思いで噂を確かめに来たものと思える。
「清水の舞台から転落するなど、そう滅多にあるものではない!」
「そりゃあ、そうでしょうけどねぇ」
「沖田殿。頼む、その者に会わせては貰えまいか? でなければ、姿を見るだけでも良い!」
「えぇっ。そう言われても……」
どうしよう、と沖田は項を掻いた。
会わせる会わせない以前に、件の人物は今この新選組屯所にはいないのだ。




