第二十章 愛別離苦(1)
伊織の目の前には、唖然とする梶原の顔があった。
その視線は、伊織の頭上に釘付けである。
無理もない。
伊織が探し出し、連れ戻した容保の愛鳥は、見事に勇ましい容姿の鷹へと変貌を遂げていたのだから。
雛鳥の可愛らしさとは打って変わって、目を疑いたくなるほどの勇壮さである。
暫時口を半開きにして、声もない梶原。
そろそろ伊織は溜まりかね、こほん、と一つ咳払いをした。
それで漸く我に帰ったか、梶原は慌ててかぶりを振った。
「はっ……! いかん、我を失っていた! しかしこれが、あのピヨ丸様だと申すのか」
「間違いないようです」
ピヨ丸は大人しく伊織の、何故か頭に止まっている。
時折両翼をばたつかせては、座り心地を確かめるように身じろぎし、その度に伊織の結い髪は無残にも踏み荒らされた。
「ちょっと目を離した隙に、こんな立派な成鳥になろうとは……」
奇妙なこともあるものだと、ぶつぶつ言う梶原。
本当にこれがピヨ丸なのか半信半疑とでもいうように、梶原はその後も暫く鷹を眺め回していた。
そうして日没間際、ようやっとピヨ丸を容保の許へ連れて行くこととなった。
ピヨ丸かどうかの真偽は、容保の前に出せば自ずと分かるはず。
飼い主にあれだけ懐いていたのだ、きっと自分からいつものように主人の傍へ寄り添うだろう。
それが、何よりの証拠であると梶原は判断したのだ。
***
未だ床に臥す容保の寝室を訪れた、二人と一頭。
相変わらず容保の顔色は優れない様子だったが、伊織は梶原の後に続いて入室した。
「殿、急報にございます」
梶原が声を掛けると、容保は首だけをこちらへ回し、二人の姿をその視界に捉える。
容保が掠れた声音で「何だ」と問い返した矢先。
伊織の頭上を引っ掻くようにして、鷹が跳躍した。
「! いだだだだだっ!?」
「!?」
両翼を広げたのもほんの一瞬。
鷹はすぐさま畳の上に着地した。
頭皮から出血でもしたかもしれない、と伊織は自らの頭を擦る。
突然襲った痛みに、不覚にも涙目になってしまった。
そんなことはいざ知らず、鷹は大きな体躯を左右に揺さぶりながら、ぼてぼてと容保に歩み寄っていく。
「伊織殿、これは間違いなさそうだ」
その様を眺めながら、梶原は伊織にだけ届く声で言う。
「だから言ったじゃないですか、本物だって」
言い返す伊織の声も、やはり小声だ。
「――にしても、徒歩で近付いていくところがまた、ピヨ丸様らしいというか何というか」
「部屋の中でばさばさ飛ばれたら大変ですよ」
「しかし自らそんな気遣いが出来るというのがまた、ピヨ丸様らしからぬ……」
「……」
後半の辺りは伊織も否定はしなかった。
***
憔悴しきっていたに見えた容保も、思わぬ展開に側近の肩を借りて身を起こした。
ぼてぼてと歩み寄っていったピヨ丸は、既に容保の膝の上にどっしりと蹲っている。
「これは、驚いたな」
たっぷりと間を置き、容保も我が目を疑うように膝の愛鳥を見て言った。
「献上されてよりこれまで、なかなか成鳥にならぬと思ってはいたが……」
一方、ピヨ丸はじろじろと眺め回す容保の視線など気にも留めていない様子。
三者は共に、不思議だ、奇妙だ、しかし驚いた、などとそんな会話を優に半刻も交わした。
それから漸く、容保が場を仕切るようにぱしりと膝を叩いた。
「ピヨ丸も大人の仲間入りであるな。よし、ここは幼名を改め、何か相応しい名をつけてやらねば」
「げ、元服……でございますかな、殿」
梶原がやや呆れたように確かめるが、容保は実に真摯な面持ちで「うむ」と一言返すのみ。




