第十九章 契合一致(1)
はるかな時代の壁を、どう乗り越えて良いのか、それをずっと模索してきていた。
伊織の素性を明かした土方らの反応を見ても、それは信じてもらえているとは言い難い様子だと考えて間違いないだろう。
時間を遡って来た、などとは、当然容易に信じられる話ではない。
逆に、伊織自身が土方らの立場であったとしたなら、きっとまず信じないだろうと思うのだ。
加えて、その事実を彼らに認めさせるだけの説得力を備えた証拠を持ち合わせてはいないし、それに準ずる行動で真実味を示すことが出来るわけでもない。
故に、例えば彼らが伊織の話を端から冗談として受け取ってはいないにしても、そこに確信はなく、半信半疑でいるに違いない。
冗談半分で幕末の時代に迷い込んだわけではないのに――。
誰にも本心から理解してもらうことの出来ない身の上。
自分でも持て余しそうになるのを、時代に馴染もうとすることで誤魔化してきたようにさえ思えた。
***
伊織は己の容姿と全く生き写しのような彼女を前に、人気のない本堂の縁側に腰を掛けた。
これからこの不思議に関わる何かを話すであろう彼女を促すように、伊織はその目を直視した。
すると、彼女は一瞬だけ周囲に気配のないことを確かめるように注意を払い、再びその視線を伊織へと注いだ。
「事の発端は、今年――つまり元治元年のことよ。あなたがこの時代へ来たと思われる同じ日に、私は清水寺へ行った」
漸く口火を切った時尾の声に、伊織は全神経を集中した。
***
その日、時尾は清水寺へと訪れていた。
数日前に国許から京へ登ったばかりだった。
「どこから説明すればいいかしらね? 会津の京都守護職就任は、決して円満に運んだわけじゃないことは、分かるわよね」
時尾は、伊織にそう確かめた。
無論、その内情は伊織も分かっているつもりだ。
京都守護職の任に就いた会津藩ではあったが、近年藩の財政は逼迫していたのだ。
守護職に就けば藩の懐が圧迫される。就任の時期が長引けば長引くほどに、財政は困窮を極めるのである。
頷きながら、伊織はふと断片的な記憶を辿る。
「確か、家老の一人が就任に猛反対していた……」
何にせよ今この場で調べられることでもなく、確信を持っては言えないが、現代にいた頃には何かの書籍でそんなことも齧ったような気がする。
「そうよ、頼母様ね。結局のところ、頼母様は殿の逆鱗に触れて職を解かれ、謹慎処分を言い渡されたわ。あの方ばかりが殿と決裂してしまったような雰囲気もあるけれど、国許では守護職就任について反対派も相当いるのよ」
会津藩主松平容保と、国家老西郷頼母。
『――大君の義一心大切に忠勤を存ずべし
列国の例をもって自ら処すべからず
もし二心を懐かば即ち我が子孫にあらず
面々決して従うべからず――』
容保は松平家の家訓として掲げられることを尊守せんとし、守護職の任を引き受けようとした。
対する頼母は、藩の財政難から負担が増加するであろう領民に対して杞憂を抱き、容保の決意に異議を申し立てたのだ。
「容保様はね、御養子でいらっしゃるから……。歴代の当主より、家訓を重んじていらっしゃるのかもしれないわよね」
「……」
伊織は黙ってこくりと頷く。
先代当主がなかなか子に恵まれず、照姫、そして容保を養子に迎え入れたことは確かだ。
その後、漸く先代容敬は実子を得る。
だが、先の当主が漸く授かった実子は女児で、その上にも病弱であり、結局その後も実子の男児を授かることはなかった。
故に、容保が家督を継ぎ、容敬の実娘である敏姫をその正室としたのだった。
「そんなわけで、容保様も歴代当主以上に、将軍家への忠誠に篤い方なのよ」
伊織はそれにも、首を縦に振って肯定の意を示す。
「それは、確かにそうなのかもしれませんね」
でなければ、我が身の苦しい時に、他の誰もが嫌がる貧乏くじのような役目を引き受けたりはしないだろう。
将軍家に泣きつかれて渋々就いたようなものとは言え、莫大に費用のかかる守護職を担うには余程の覚悟が要ったはずだ。




