第十六章 水天彷彿(2)
伊織の真横に並んで座るその姿は、疑う余地もなく血脈を有する人間である。
伊織が女物の着物を纏えば、恐らくこれと見分けなどつかないだろうその容姿を、まじまじと凝視した。
「……あのー」
「なにかしら?」
にっこりと微笑む彼女に、多分普通なら衝撃的であろう質問を投げつけるのは、気が咎めないでもない。
だが、まずは問わねば、他の何を尋ねても溜飲など下らない気がした。
「時尾さん、って、………死んでますよね」
「あー……」
伊織が下から覗き込むように尋ねれば、時尾は一拍置いてその微笑を掻き消した。
さすがに、質問が直球過ぎたかもしれない。
時尾の表情は真顔といえば真顔。しかし、どこか強張った風にも見て取れる。
「うーん。まあ……」
真面目な面持ちで、返る答えも歯切れが悪い。
伊織が思わず直截な質問を詫びようと思った、その矢先。
伊織の謝罪が飛び出るより早く、時尾の口が動いた。
「あんまり死んでないかもしれない」
「はぁ!?」
「うん、死んでるような、死んでないような? でも、ここの時代では死んでるような?」
「ハァア!!?」
時尾自らも深く悩みあぐねている様子で真剣に言っているのだが、どういう意味かはさっぱりだ。
時尾本人が思い切り首を傾げているとは、一体どういうことなのか。
疑問を解消するどころか、謎はさらに深まってしまった。
ここの時代では死んでいるようなもの。だが、死んでいるというわけでもない。
聞かされる言葉のすべてが矛盾しているように思うのだが、それは果たして気のせいだろうか。
「時尾さん……もしかして、あんたも自分で自分が良く分かってない……とか?」
「えー? ううん、分かってるんだけどねぇ、何かこう……説明が難しいのよね。面倒くさいや」
けろっと朗らかに笑った顔は、その天衣無縫な気性を思わせる。
「ま、それは兎も角。今の問題はあなたでしょ。どう? 会津に戻る決心はそろそろ固まったかしら?」
「えっ。あ……いや、それは……」
今し方ふと考え付いたことを、即決出来るはずがない。
思わず言葉を濁すと、時尾はふっと軽い吐息をこぼした。
「……あの鬼副長の土方って人が、信用出来なくなってきた?」
「!」
当たらずも遠からず。
突然触れられた心中の靄が、ざわりとうねり立つ感覚が走った。
まだ何も相談らしいことなど話していないのに――。
殊更凝然とする伊織の横で、時尾はまだ笑っていた。
「土方歳三、大好きなんでしょ?」
「す、好きは……好き、ですけど。でも! 恋とかそういうものじゃないですからね!?」
「やーね、誰もそんなこと聞いてないわよ。あんた結構自ら墓穴掘るほうでしょ」
揶揄するような口調は兎も角、時尾の言うことは、一先ず正しい。
この時代へ迷い込む以前、新選組という組織は勿論のこと、この後天地を揺るがす戦において、敗北を知りつつ戦い抜く土方の信念やその生き方に憧れ、尊敬の念をも抱いていたのだから。
それで土方という人間を好きかと問われたなら、そうだと答えるより他にない。
だが、今は――。
「現実に、土方さんのやっていることを目の当たりにしたら、憧憬が少しずつ崩れていくような気がして――」
確かに柴の葬儀で見た土方に対しては、自らの憧憬を疑う余地などなかった。
だが、その死に感銘を受けたと思しき彼は、今回の建白書事件の首謀者を赦免して、葛山一人に責任を負わせようとしている。
「長い目で見れば正しいことなのかもしれません。でも、正直、それは称賛出来ることじゃないと思うんです」
「そうねぇ、私も同意見だわね」
うん、と時尾は一つ大きく頷く。
一体、どこからどこまでを知っているのかと不思議に思うが、反応を見るからには事のあらましは一通り知っている様子だ。
「だけど。土方歳三に関わる事は大抵知っているんじゃなかった? そうなることを知ってて、それでも嫌悪するの?」
「そりゃあ、知ってはいましたけど……。単なる出来事として伝え聞くのと、実際にこの目で見るのとでは、何か違うんですよ」




