第十五章 萎靡沈滞(1)
後日、黒谷の会津藩本陣へと呼び出された永倉らと局長の近藤は、即日和解となった。
無論、容保の配慮あってのことで、呼び出した場では、酒席を設けての話し合いだったという。
脱退を覚悟の上で罪状書を提出した永倉らではあったが、容保にその肩を宥められた。
そこに加えて近藤も、今回の建白書に訴えられた事柄を真摯に受け止め、自らの行動を改めるよう努力すると約束した。
結果、今回の事件は大事に至ることは無く済んだのだ。
と、伊織は後日になって梶原からの文によって知った。
文には和解の委細について述べられたほかに、再度会津へ戻るように勧める文面もあったが、それに伊織が返書を出す事はなかった。
***
「なんにせよ、無事に和解できたようで、良かったですよねぇ!」
まだ日の入り前の午後、伊織はそれとなく尾形の許を訪れた。
土方への報告をした尾形に話しかけるには、まずこの話題。
考えるでもなく自然に口をついて出た話に、静かに顔を上げた尾形はにこりともしない。
すっかり気心も知れたように、すいすいと部屋に入った伊織は尾形の隣に腰を降ろした。
そうして、その尾形の膝元にある行李。そこに視線を落とす。
はて、こんな頃に手荷物の整理だろうか。
まあ、確かに一見、尾形はそういうことにもきっちりしていそうな印象はあるのだが。
それにしては、単なる行李の中身の整理整頓とは少々雰囲気が違う。
整理するというよりも、中身をひっくり返していると言ったほうがぴたりと来る。
「? 何ですよ、探しものですか?」
首を傾げて尋ねてみるが、尾形はじっと伊織の視線を押し返すようにこちらを見ている。
「……なんですか?」
何となく凝視される理由が分かるように思え、伊織は苦笑した。
尾形のことだから、きっと伊織が斎藤とともに黒谷へ行ったことは既に知っているはずだ。
それについて何かお小言があるのかもしれない。
「別に私は何もしていやいませんよ? ただ斎藤さんが……」
「俺は暫く、京を離れる事になった」
「はい?」
「江戸へ行く」
「はあ、江戸へ……」
江戸と聞いて、ああ東京のことかと今更ながらにふと考えさせられた。
徳川政権下のこの時代、東京は江戸と呼ばれる、天下の将軍様のお膝元である。
(尾形さんが、江戸にねぇ……)
また急な話だが、監察の職務の一環であろうか。
徒然と思い至り、伊織はまた一つ尾形の顔を覗き込んだ。
「私は留守番なんですか? 江戸行きは尾形さんだけ? どうしてまたこんな突然?」
答えを迫るようでいて、一つ一つ答えを待つ間もなく質問を並べると、尾形はげっそりと息を吐く。
「俺は近藤局長の供として東下するだけだ。先達ての池田屋や御所での戦闘で、随分隊士も数を減らしたからな」
やれやれと七面倒臭そうに吐息しつつ、尾形は言う。
そこで、伊織はぽんと膝を打った。
「ああ、隊士の補充のため、ですか!」
事実、尾形の言うように元々多いとは言えぬ数の隊士が、戦死や脱走などを理由にぐんと頭数を減らしていた。
新たな隊士を募る為に江戸へ下るのだと聞けば、それも深く頷ける。
なにぶん、この数では組織として存続するには難しいところまで陥りかけているのだ。
「今回は局長と俺と、武田さん、それと、永倉さんが江戸へ行く事になった。お前は留守番だな。ははは」
「武田さん!? うわあ、尾形さん、武田さんにはくれぐれも気を付けてくださいね?」
江戸行き人員の中に武田がいると知り、何故か若干胸の空く思いがする。
それならば留守番で良かったかもしれない。
と、伊織が微笑を浮かべれば、尾形は瞬時にその面を強張らせる。
「俺をお前と一緒にするな。何なら今からでも役目を代わってやってもいいんだぞ」
「え、イヤですよ。私は京に残りますんで、心置きなく武田さんとの道中を楽しんで来てくださいな?」
「……お前、俺が帰ったら覚えてろ」




