取るに足らない事
「私はその、全然役に立てる状況じゃない……」
「それが普通なんだ。聖剣を握ったからといってすぐに強くなれるわけじゃない」
雪斗の指摘に翠芭は頷き、
「でも、私にもやれることはある……雪斗に対しできることはないかと思ってた」
その言葉に雪斗は小さく息をつき、
「……心配してくれるのは、なんというか申し訳ない。俺自身無理をしているなと自覚することもあるし」
「それが必要なことなのはわかるけど……何かあれば、相談して欲しい」
相談――真っ直ぐ投げる視線からは、決意に満ちたものであり、また何か言い出しそうな雰囲気だった。
「……翠芭?」
「戸惑うかもしれないけど……その、私が言う相談は、この世界のことだけじゃなくて、元の世界のことも含んでいるから」
(ああ、そっか)
雪斗は内心理解する。翠芭は無理をするのは、前回共に異世界を渡った者達が関係あると踏んでいる。
犠牲を伴い、最終的には全員が元の世界へと帰った。けれどそこで何かがあって、雪斗が今回無茶をしているのは、前回にあった悲劇を回避しようとしている――それはこの世界で起きたことだけでなく、元の世界であった何かを含めてのこと。
翠芭は雪斗が発していた壁のようなものをそう推測し、提案したのだ。そしてその予想は――当たっている。
「……正直、まだ話すような気持ちにはなれない」
そう雪斗は告げると、翠芭は黙ったまま言葉を待つ。
「でも、こうして共に世界を渡ってしまった以上、前回の顛末についても話をするべき時が来るかもしれない……今言えることとしては、俺は最初に語ったように全員無事なのは間違いない」
「うん」
「でも……なんて言ったらいいか……確実に言えるのは、俺が、事件を起こしてしまったんだ」
「事件?」
「そう大した話じゃないよ。形容するなら事件という表現が近いと思っただけ……結局のところ俺自身がやらかしただけで、誰のせいでもない。俺の、責任なんだ」
最後の声は、気付けば絞り出すようなものへと変わっていた。雪斗も内心で思う。仲間と離れた。しかし、自分が成した所業は今でもはっきりと憶えているし、また同時に傷はまったく癒えていない。
「……一応言っておくけど、警察沙汰とか、そういう意味合いの事件じゃないぞ?」
「そこはわかってる……あの、一ついいかな? もしそれを話す機会があったら、それはどういう時だと思う?」
「……最終決戦前、とかかな。なんというか、最後の戦いの前っていうのは、それこそ全てを打ち明けたくなる気分なんだ」
「死ぬかもしれないから?」
「あー、そういう意味合いにもとれるけど……俺は違うな。なんというか、空気が変わるんだ。話せる空気というか」
そう語りながら雪斗は苦笑する。そうした状況にならなければ話すことはないということであり、翠芭としてはなぜそこまで――と疑念を抱くところだろう。
「そっか」
けれど翠芭は何も語らず、待つつもりのようだった。それを見て雪斗は、
「……内容的には、本当に今のような命を賭すような取るに足らないことだ。けどその、話をするまでもう少し待ってくれ」
「一つだけ、指摘させて」
「指摘? 構わないけど」
「そこまで思い詰めているのなら、例えどんな内容でも決して取るに足らないことなんかじゃないと思う」
雪斗は押し黙る――心の中で、癒えない傷となっているのは事実。
「それと、もう一つ……なんというか、雪斗は話すのが怖いのではなくて、真実を伝えてそれがくだらないことだと言われるのが嫌なんじゃない?」
「え……」
「雪斗が話せないことは、前回のクラスメイト達のことなんでしょ? それに対し、くだらないと……一笑に付されるのを嫌がっているというか」
――確かに、そうなのかもしれない。内心で雪斗はそう思った。
「……ああ、そうだな」
そしてそれを口にした後、雪斗は一度深呼吸をする。
「翠芭の言う通りだ……なんというか、話して馬鹿にされたら、俺だけでなく、仲間達のことだって非難されているような気分になるのかもしれない」
「そんなことは絶対にないよ……これだけ雪斗が思い悩んでいるんだから」
そう言われた瞬間、雪斗の心の中は少し軽くなった。気付かぬ内に、自分の傷で自分のことを縛っていたのかもしれない。
「……ありがとう、翠芭」
礼を述べる。それに翠芭は小さく笑い、
「でも、具体的な話は一切していないけど」
「今はこれだけでいい。十分だ……そうだな、それじゃあ約束するよ。アレイスとの戦いに決着をつけたら、必ず話す」
「なんだか、フラグのようにも聞こえるけど」
互いに笑う。しかし雪斗は、
「フラグになんかさせないさ……実際、俺は前回さんざんフラグを立ててそれを全部へし折ったんだからな」
「頼もしい発言でなにより……わかった。なら私はクラスメイトのみんなと城で待っている。絶対に帰ってくるように」
「ああ」
そうして雪斗達は再び歩き出す――決戦の前日。しかし雪斗の心の中はどこか優しい空気に包まれていた。
――翌朝、雪斗達は準備を整え行動を開始する。メンバーは先日迷宮へ入り込んだメンバー。リュシールを先頭に城を出て迷宮の入口へと向かう。
「……迷宮に入ったら、まずはアレイスの動向を確認しないといけない」
リュシールは雪斗達へ口を開く。
「それが入口付近でわかるかどうかは疑問だけど、とにかくまずは調査をする。アレイスの動きを捕捉できたら真っ直ぐ向かい、倒す。やることは極めてシンプルね」
「とはいえ、厳しい戦いになるのは間違いない」
雪斗の発言にリュシールは首肯。
「ええ、何しろ相手は邪竜の力を所持している……その力をどれだけ操れるのかなど、わからないことも多いわ。加えこっちの戦力も万全ではない……けれど」
彼女は雪斗を見据え、
「アレイスを討ち取るだけの切り札もある……ユキト、あなたの力が何より鍵になるでしょうから、できるだけ力を温存して決戦に備えて」
「リュシールはいいのか? そっちだって切り札を使うには必要だぞ?」
「私の方がまだ無茶ができるからね……多少力を削られても『神降ろし』は使える。でもユキトが消耗したら、能力が大きく落ちるから」
「わかったよ……できる限り俺は前に出ないことにする。けど、危ないと判断したら戦うからな」
「ええ」
そうしたやり取りをしながら迷宮へ向かい続ける――とはいえ決して暗い雰囲気ではなく、穏やかな雰囲気。それは、前回邪竜との最終決戦の朝と同じものだった――




