有力な情報
『……いいだろう。迷宮入りを許可する』
『陛下……!?』
誰かが声を上げる。それにアレイスは優しげな声で、
『よくご決断しました。それでは――』
『ただし、こちらも条件がある……交渉だと言ったな?』
『はい。私自身、そちらの要求を無下にはしませんよ』
そう語りながらも、声音には硬質なものを感じることができる。
『ただし、こちらの行動を妨げるものはさすがに無理ですね』
『迷宮入りするという点を阻害するつもりはないため、そこは大丈夫だ。要求は二つ。一つはまず、迷宮へ向かう道筋だ』
『と、いいますと?』
『そちらが下手に行動してもらったら困るわけだ。顔を民も憶えているからな』
『混乱を防ぐため、迷宮へ行く道を制限すると』
『そうだ。道中はそちらが下手な行動を起こさないよう、監視させてもらう』
もし戦闘になったら――翠芭としては不安に思ったが、口に出すことはなかった。
『そして、もう一つ……今から述べる質問に答えてくれればいい』
『質問ですか? 答えられない内容もありますが、どうぞ』
沈黙が生じる。翠芭としても何を問うのか耳を澄ませて聞き入る構え。そして、
『……お前は現在の迷宮支配者が誰なのか、知っているな?』
またも沈黙が生じた。それはアレイスにとっても予想外の質問だったのか。
『……咄嗟に返答できなかったため、実質肯定しているようなものですね』
『なぜ私がこんな質問をしたのか、わかるか?』
『ええ、わかります……私の反応で迷宮支配者がどのような存在なのかを理解できる、でしょう?』
「どういうことでしょうか?」
貴臣が口を開く。それに応じたのは、レーネ。
「おそらくだが、陛下は迷宮支配者がアレイスの身内なのかどうかを確認したかったのだろう」
「身内、ですか?」
「先ほどアレイスは自分が支配者にとって代わると告げた。それを鵜呑みにすればアレイスと迷宮支配者は関係のない敵対関係と解釈することができるわけだが、実際はアレイスの部下か、あるいは自分の分身という可能性を陛下は考慮したわけだ」
「質問の反応で、わかるんですか?」
翠芭は首を傾げながら問うと、レーネは解説する。
「誰もが明瞭にわかる、というわけではなく陛下はアレイスとの付き合いが長いからこそ察することができた、というわけだろう。おそらく陛下はこれまでの会話でアレイスの所作などを観察し、生前に近いものなのかを確かめていた。もし喋るときの癖などが一緒であれば、アレイスの反応を見てある程度わかるというわけだ」
そこでレーネはふう、と息をつく。
「今回の騒動、アレイスにしてやられた形だが、陛下としても情報を得たかった……これは陛下の功績だな」
『ならば、まだ望みはあるな』
と、ジークはアレイスへと告げる。
『どうやら迷宮内にそちらの味方はいない……さすがにこちらもそちらの手勢を迷宮内に入れるわけにはいかない。単独で戦い抜けるのか?』
『それをするために、こうして無傷で入るためにこの場にいるのです』
――翠芭もある程度状況がわかってくる。アレイスとしては無傷で迷宮内に入り、支配者と戦いたい。ここでもし交戦すれば味方側にも相当な被害が出るはずだが、アレイスの目論見を潰すことだってできる。
とはいえジークはできる限り犠牲を減らしたいと考えていることから、戦うという事態にはならないだろう――そして迷宮内全てがアレイスの敵ならば、雪斗達が都へ舞い戻ってからでも彼の目論見を潰すことだってできるかもしれない。
「決して、一方的な展開ではないな」
そしてレーネはさらに語る。
「陛下の質問の効果は大きい。なぜならここで見逃しても私達に挽回の機会が十二分にあるとわかったからな。これはアレイスに対する牽制というより、玉座の間にいる配下達にそう理解させる要因が大きいだろう」
「つまり、それは――」
「陛下の質問はこちら側の士気を上げる意味合いもあったのだろう……状況的に決して悪くはないと。アレイスが出現したことで畏怖を抱いていた重臣達が盛り返せば、城側としては良い方向に進める」
『――では早速ですが、案内してもらえないでしょうか』
アレイスが告げる。それにジークは『わかった』と応じた後、重臣達に指示を行う。そこからは会話はなく、ひとまず山場は越えたと考えてよさそうだった。
「……私達の出番はなかったな」
そうレーネは小さく呟くと、翠芭達へ向き直った。
「アレイスがいる以上はまだ予断を許さない状況ではあるが……おそらく戦いになることはないだろう」
「出番がなかったということで、喜ぶべきなんでしょうね」
息をつく翠芭。それにレーネはほのかに笑みを浮かべ、
「ああ。私達としても戦いに発展するような事態は避けたいからな……相手の策略にはまってしまった形だが、そうした中で良い戦果を上げたとは思う」
「私達は、これからどうすれば?」
「現状はアレイスが迷宮へ入るまではこの部屋で待機したようにすぐに動ける態勢を維持。アレイスが急かす状況を考えれば、今日中には全ての事が終わるだろう。それまで申し訳ないが、辛抱してくれ」
「はい、それは大丈夫ですが……」
「またクラスメイトのことについてだが、頃合いを見計らって城へ戻ってきてもらおう。アレイスの動きにさえ注意すれば、彼らも大丈夫だ」
レーネの声音はどこか安堵したものだと翠芭にはわかった――彼女も内心不安だったのだ。最大の敵が間近に迫り、緊張していないはずがなかった。
けれど交渉が終わるまで、それをおくびにも出さず待機していた。最悪のケースも想定し、戦う準備もできていた。
(これが、騎士か……)
命を賭して戦う騎士という存在。ただ本来は騎士とは無縁のはずの雪斗もまた、同じような心情を持っているはず。
この境地に至るまでに、どれほどのことがあったのか。また同時に翠芭は思う。彼の負担を軽くすればどうしたらいいのか。
戦うと表明しただけでは足らなかった。かといって彼の背中を任せるというだけでは、彼自身の心の負担は軽減しないだろう。
(きっとレーネさんもその辺りを腐心している……ただ)
雪斗自身、内面を話そうとしない。そこがネックになって、歩み寄ることができないでいる。
ならば自分は――レーネから準備ができるまでここで待機を命じられる。それと共に、翠芭は思考に没頭することとなった。




