王女の実力
それから少しして、雪斗達は戦場近くに到達する。シェリスがいる場所に程近い町。そこには騎士団がいて準備を始めていた。
そして雪斗達を待っていた人物――ベルファ王国の重鎮だった。
「お待ちしておりました」
そう告げた人物は、白髪の男性。年齢相応の皺と、威厳を持った人物であり、
「……お久しぶりです、マーヴェン大臣」
雪斗の言葉に大臣は小さく頷く。
ベルファ王国で滞在する際、幾度となく顔を合わせた人物だった。グリーク大臣とは違い国のために尽くす、まさしく忠臣と言える人物だ。
ただ現在、その顔には苦悩が宿っている。原因は明白であり、
「シェリス様に関する情報は我らが把握しています」
「……お疲れのようですね」
雪斗の私的にマーヴェン大臣は薄い笑みを浮かべる。
「シェリス様がお戻りになられない限りは、倒れるわけにはいきません」
――彼は間違いなく情報統制や混乱を防ぐために尽力しているはずだった。実際この町でも人々はずいぶんと落ち着いている。王女が魔神に操られているなどという情報が回っていれば、相当な混乱があってもおかしくないが、そうはなっていない。
「わかりました。それで現状は?」
「ではこちらへ」
手で示す先は宿。雪斗達は彼に従い、広めの部屋へと通される。
部屋の中央にはテーブルと上にベルファ王国の地図が広げられており、それを囲むような形で立つと大臣は説明を始めた。
「現状、シェリス様はベルファ王国南方に位置する平原に陣取っておられます。ただし、一つ問題がありまして」
「問題?」
雪斗が聞き返すと大臣は重々しく、
「魔物が出現しております……それも大量に」
「……シェリスが生成したってことか」
「はい。魔神の魔力が合わさったことで、凶暴な魔物が多数います」
「単純にシェリスと戦うわけではないってことか」
ナディは呟きながら思案し始める。
「ディーン卿と合流次第仕掛けるってことでよさそうだけど、ユキト……魔物に対する案はある?」
「ここはディーン卿達に頑張ってもらうしかないな。強力な魔物とはいえ、邪竜のように魔神の力を注いでいるわけじゃないだろう。だとしたら特級霊具でも十二分に対応できるはずだ」
「なら、ディーン卿達に魔物を任せ、私達はシェリスに……ってこと?」
「それがいいと思う。魔物の強さによって方針は変えればいいよ」
ディーン卿やゼルの能力ならば、十二分に対応はできる――そう雪斗は心の中で呟く。
「ダインについては……今回の戦いではさすがに厳しいか。シェリスは防御も固めているだろうし、さすがにダインの攻撃が通るとは考えにくい」
「でしょうね。ならディーン卿達の援護ってところかしら」
「そうなるな」
「私達は魔物達を留めておき、可能な限り援護に回ります」
マーヴェン大臣が告げる。雪斗はそれに頷くと、
「騎士達の技量は?」
「霊具を扱える者を集めておりますが、さすがに一級霊具以上の所持者は少ない。魔物と戦うので精一杯でしょうね」
「シェリスについては俺達三人が対応します……本音を言えばもっと支援が欲しいところだけど」
「他国も混乱しているからね」
ナディが言う。それに対し雪斗は一言。
「というか、ナディ達がここにいることも本来はおかしいんだけどな……」
「私達はユキトと共に戦う方が国の安定につながると思っただけよ。それに、シェリスのこともあったからね」
「……その気持ちはありがたく受け取っておくよ。では、マーヴェン大臣。俺達はディーン卿達と合流後、速やかに戦場へと向かいます。不測の事態が起きた場合、俺達三人で対応しますので」
「ご協力、感謝致します。私達としてはお礼をしたいところですが……」
「この戦いに助力して頂ければ、それで結構ですよ」
「実際はそれが一番大変なんだけどね」
ナディが横槍を入れる。それに大臣は「そうですね」と応じ、
「しかし、あなた方だけに背負わせるわけにはいかない……陛下も賛同なさることでしょう。協力、約束致します」
「ありがとうございます」
そう述べ、ひとまず話し合いは終了した。
雪斗達はそのまま同じ宿で休むことにする。なお霊具を用いた伝令が町に飛来し、ディーン卿達が到着するのは明日との情報が入った。
「明日、決戦というわけか……」
雪斗はベッドに座りシェリスの姿を思い出す。黒い髪でその立ち姿は大和撫子という形容が似合う、この異世界ではそぐわないほどの東洋的な要素を兼ね備えた女性だった。
元来ベルファ王国は礼節を重んじ、王族は様々な儀礼的な作法などを叩き込まれる。そのため他国の王族と比べ格式ばった、どこか荘厳なイメージを持つ者達だが、そうした中でシェリスは見た目の雰囲気も相まって荘厳さが特に際立っていた。
それにはおそらく天級霊具の存在も一役買っていただろう――王族はどの国でも自衛の意味を込めて霊具を所持する。しかも幼少の頃より魔法に関する英才教育を受けるため、生まれた当初魔力をほとんど持たない者でも、鍛錬により特級以上の霊具を扱える者になる。もっともそうであっても聖剣を扱える王族はいまだかつて現れていない――そこにはきっと、鍛錬では越えられない明確な壁があるのだろう。
「シェリスは生まれた国が違ったなら、聖剣を握っていた……と言われていたっけ」
本当にそれほどの力を得ることができたのかはわからない。あくまでたらればの話だ。けれどそうした噂が立ち上るくらいに、彼女の霊具使いとしての技量は他と一線を画していた。
そもそも彼女が所有する霊具自体、ベルファ王国に代々伝わっていた霊具の一つではあったが所持者がたった一人しか出ていなかった。その一人だって天才的な能力を所持していたが故に使っていただけで、完全に使いこなせていたかどうか怪しい。
それを成したのが、シェリス――王族かつ、雪斗と共に戦った『黒の騎士団』の中で、実力的には雪斗に次ぐナンバー2だった。その能力の高さは騎士団の中で一目置かれ、雪斗自身もまた、彼女のことを戦友として強く認めていた。
「……ダインの時も思ったが、まさか戦うことになるとは」
呟きながらアレイスのことを思い浮かべる。彼の思惑は何なのか。そして、彼は今何をしているのか――
「ともあれ、今は目の前の戦場だ」
雪斗はそこで息を吐き――目をつむり、自然と眠りに入った。




