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黒白の勇者 ~再召喚された異世界最強~  作者: 陽山純樹
第二章

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真紅の天使

 花音(かの)の目の前に現れたのは、巨大な火球。一瞬信人(のぶと)さえも巻き込んでしまうのではと思ったが、視界の端で伏せる彼の姿があった。大丈夫――そういう確信を伴いながら、花音は魔法を解き放つ。


「が――」


 次に聞こえたのは呻き声。ディーン卿に直撃したのだと察すると共に、目の前が真っ赤に染まった。


 そして爆音が響く。閃光が視界を覆い、花音はあまりの結果にしばし立ち尽くす。

 これで決まってくれれば――そういう考えもあったが、感じ取れる。真正面に、気配がある。


 だから花音は懐から短剣を取り出し、抜き放った。とはいえ魔物とさえ満足に戦えるかわからない腕前だ。もし来られたら勝負が決まるかもしれない。

 花音は緊張と伴いながらじっと前を見る。しかしディーン卿は現れず――やがて光が消えると、超然と立つ彼の姿が。


 とはいえ先ほどと比べ明らかに魔力が減っている。十分なダメージを与えることには成功したらしい。


「……なるほど、『真紅の天使』か」


 次にディーン卿が発した言葉は、自身の愚かさを呪うような自嘲的なもの。


「完全に油断していた……まさかその霊具の所持者が現れたとは。しかしずっと後方に控えていたということは、完全に制御できるというわけではないだろう」


 まだ戦意がある。花音としてはここで戦う他ない。とはいえ花音自身、どう応じていいかわからない。

 しかし、不安はなかった。霊具の力によるものに加え、もう一つ。


「待てよ、まだ終わってないぞ」


 ディーン卿の背後で不敵に笑う信人。槍を構え烈気をみなぎらせるその姿は、相手にも相当なプレッシャーを与えるのか、


「……召喚者二名との戦いか。これはかなり苦しいな」


 そう呟いたものの、顔には笑みがこぼれる。


「まあいい、そういうことならそれで構わないさ――」


 走る。狙いは花音であり、対抗すべく短剣をかざす。

 戦術としては、まだ霊具を満足に扱えない花音を先に仕留め、背後にいる信人と戦う――その策が有効であることは間違いないが、花音はそれでも短剣の力を振るう。


 確かに誰にも具体的な扱い方を教わってはいない。けれど自分が選び出した霊具であるためか、その使い方がいつのまにか身についているようだった。

 炎が生まれる。先ほどのような相手に浴びせるものではない――それは壁。ディーン卿の進撃を止める、炎の壁。


 だがディーン卿はそのまま拳を放つ。炎の壁を無視しても仕留めるべきだと判断した。けれど彼の一撃は壁に触れた途端、止まる。

 同時に厚い鉄の壁でも叩いたような激しい音。物理的に作用している。


「ちいっ……!」


 舌打ち。その間に背後から信人が迫る。


 振りかざされた槍をディーン卿は一度姿勢を落とし横へ逃れることで避けた。すぐさま体勢を立て直そうとした矢先、今度は花音から攻撃が飛んだ。

 炎の壁が一瞬で消えると、次に放ったのは熱線。赤をまとったレーザーとでも形容すべきそれは、真っ直ぐディーン卿へ迫り、直撃する。


「ぐっ……!?」


 さすがに貫通まではしない。ただ確実にダメージを負ったのは確かで、続けざまに迫った信人の一撃を、避けたが動きが明らかに鈍る。

 追撃する彼。今度は槍がディーン卿を掠める。


「調子に、乗るなよ……!」


 即座に反撃しようとするディーン卿。光の刃を浴びせる技が来るかもしれないと花音は警戒したが、それでも感覚的に――先ほど使われたことから発動のタイミングを見極め、また効果範囲がどの程度なのかを鋭敏化した感覚が予測できる。もし来ても範囲から逃れればいい――そういう考えの下で、花音はさらに炎を生み出す。

 ただ、このまま火球をぶつけるのは信人の方に危害を加える可能性が出てくる。ディーン卿のみに当たるような攻撃がいる。


 その時、花音はあることを閃いた。同時に信人の視線が一瞬だけ花音へと向けられる。


 花音はそこでアイコンタクトを送った。魔力を少しだけ強め、攻撃するタイミングで退避を――そんな感情を乗せた。

 信人はすぐさま頷いた。刹那、花音は力を込める。けれど真正面に炎は生まず、発動の直前まで悟られないよう仕込みを行う。


 放出するだけでなく、応用も可能――霊具がまるで花音自身に教えているかのような感覚。戦いを通じて、これまで制御すら教わらなかった霊具の技術が、頭の中になだれ込んでくる。

 ディーン卿は花音の行動に何かを察したようだが、信人の執拗な攻撃により足止めを食らう。どうやら彼は花音の攻撃が決定打になると確信し、サポートに回るらしい。


 槍が薙がれ、時折ディーン卿が距離を置こうと反撃に出る。しかし彼の防御能力が邪魔をして、信人に攻撃が届かない。

 もし花音が覚醒せずあのまま戦い続けていたなら、いずれ魔力が尽きて耐えられなかったはず。けれど魔力があればディーン卿を打倒することはできずとも、戦線を維持することができる。この事実は、この場における戦いに対し明確な勝機となる。


 そして信人の槍がディーン卿の動きを大きく拘束した。次の瞬間、花音は魔法を解き放つ。もっとも出現した位置は、ディーン卿の足下だった。

 火柱とでも言うべきそれはディーン卿の虚を衝き、その体が完全に炎に包まれる。業火は周囲に熱を生み、信人は即座に後退。そしてレーネを含め騎士達は事の推移を見守ることになる。


 花音としては全力だったが、果たして――手を突き出しなおも魔法を放つ構えを見せていると、やがて炎が途切れディーン卿が姿を現した。

 立ち尽くす相手。誰の目から見ても満身創痍なのは明らかだった。


「……見事」


 ゆっくりと倒れ伏すディーン卿。そこで次に花音が考えたのは、このまま放っておくとまずいことになるのでは、ということだった。


「あ、あの、治療とかは――」

「その前にまず、魔神の魔力を消すべきですね」


 声は、背後から聞こえた。初めて聞くものであり、花音は反射的に振り向いた。

 そこにいたのは、魔法使いらしき男性。ただどこか幻想的で思わず見とれてしまうような雰囲気を持っている。


「……イーフィス様!?」


 そこで声を上げたのはレーネ。男性――イーフィスを見て、目を見開き驚く。


「なぜここに……!?」

「救援……といってもさすがに襲撃に遭っているとは予想もつかなかったですが、ともかく援護に来ましたよ」


 言いながら彼はディーン卿に近づく。


「ともあれ話は後に。ディーン卿の体の内にある魔神の魔力を取り払い、治療しなければ」

「……イーフィス様、方法はわかっているのですか?」

「ええ。ユキトはリュシール辺りに聞いたかもしれませんが、私の霊具ならばそうした魔法を使うことができる」


 杖をかざす。直後、白い光が先端から漏れ、それが一挙にディーン卿へ取り巻いていく。

 花音が声を上げる前に全てが終わる。光が消え、ディーン卿が呻き、


「大丈夫ですか?」

「……イーフィス様か。ふむ、思考は問題なくなったな」


 声を上げながら身じろぎするが、立てない様子。


「さすが『真紅の天使』だな。まだ未熟な状態でこれだと、将来どうなるか予想もつかない」

「まったくですね……どうやらあなたの部下も片付いたようなので、残るは階下の敵だけです」

「そうか……魔神の力を宿しているため、厄介なことは間違いない。しかし聖剣所持者ならば対応できるだろう」


 その言葉と同時、わずかながら振動が生じる。もしや翠芭が戦いを始めたのか――そういう心の呟きと共に、花音は無意識の内に短剣を強く握り締めた。


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