混沌の世界
「現在時点で、ボクらは密かに動いて対策を立てている……加えて、秘密裏に魔物を処理することができている」
オウキはそう語りつつ、小さく息をついた。
「ただし、これはあくまで現在は、だ。国側としてはボクらの存在を公にするリスクをきちんと理解している。でも、いずれ話をする必要がある……」
「カイが現れて、か?」
「ううん、違う。現状僕らは日本政府と話し合いを行って方針を決めている。これは魔物が日本国内だけ出現しているからだ。魔力樹は既に大陸に渡った。それを踏まえると、他国にも魔物が出現し始めるのは時間の問題だけど、果たして国外にまで出て討伐を行うべきなのか?」
「魔物の被害を踏まえれば普通ならやるべき。でも秘密裏に国を越えたら、国際問題になるよな」
「政府間で話をしなければならない……僕らが召喚された異世界の魔物は、魔力を用いた攻撃しか通用しなかった。でもイズミが観測した結果、この世界の魔物は多少なりとも物理攻撃も効くらしい。軍隊が出動すれば数体くらいの魔物なら対処できると思うけど……数が多くなればどうなるか」
その発言を受け、ユキトはツカサへ視線を送る。
「多少は通用する、というのは間違いないのか?」
「日本国内で生えた魔力樹は、俺達が拠点にしている魔力樹……言わば大元のコピーに近しいものだ。分析した結果、魔物は完全な魔力体で構成されているわけではないため、銃火器を始めとした通常兵器が通用する。ただ、どれほど弾丸を注げば倒れるのかは、検証しなければわからない」
「……政府側としては、試したいところではあるよな」
「ああ」
「それと、いずれ世界各地に魔物が出現する……仮に日本国内以外で活動できる場合、俺達は国外……そこへ転移して討伐することはできるのか?」
「魔力樹による潤沢な魔力があれば、転移魔法は構築できる。可能だ」
「なら後は政府間同士の交渉でどうするか決めてもらうだけだが……オウキ、日本政府は他国の政府に俺達のことを伝えているのか?」
「話をした国もあるらしい。ただ、あまりに超常的な現象だから、実際に魔物が出現するまでは他国としては半信半疑だろうとは言っていた」
「……今、魔物が生まれ始めたことで、ようやく話をすることができるのかもしれないな」
「現在、日本政府が中心になって魔物の対策を各国政府と話す場を設けようとしている。でも、それがいつになるのか……」
「状況は一刻を争うからな……」
ただこればかりは仕方がない――ユキトもここについては予想できていた。
「オウキ、その話し合いの場というのは……開催されるのはいつになる?」
「緊急性を要するものではあるから、すぐにでも始めたいと政府は考えているようだけれど……」
「難しいか」
「政府間交渉は相手側との調整も必要だからね……ましてや複数の国相手とするなら、時間が掛かるのはなおさらだ。後は他の国がどこまで話し合いに応じるのか、というやる気の問題にもなる」
「現状だと微妙だな……」
ユキトはそう呟きつつ、おそらく魔物が暴れ始める段階まで、悠長に構えている可能性もある、と内心で断じる。
「……もし魔物を軍隊で追い返すことができたなら――」
「悠長に構えるなんて可能性もゼロではないけれど、いつどのタイミングで生まれるかわからない存在だ。国の人間が犠牲になる可能性を考慮すれば、下手な対策を打つと糾弾される恐れがある。それは間違いなく支持率などにも関わってくるし、ボクとしては話し合いそのものは早期に実現する可能性もある、と踏んでいる」
「そうなることを祈るとして……他の問題は、カイや邪竜の動向か。魔物は出現し始めた。次の一手は何になるのか……」
「ボクらは魔物に対し可能な限り策を施した。一方でカイ達が動く場合は予測が難しく、対応は後手に回るしかない。ボクは政府に幾度となく邪竜やカイに対し警告を行い、注意するよう促したけど、魔物という目先の問題がある以上、動きは鈍いだろうし具体的な対策などが出される可能性は低いだろう」
「俺達だけでやるしかない、と。まあここは仕方がないか」
「……疑問があるんだが」
ここでツカサが発言した。
「カイの目的は支配……邪竜もまた世界の支配を目論んでいるとしたら、どういうやり方をすると思う? まさか世界大統領になる、なんて無茶苦茶を言い出すわけではないだろう」
「……直接的に支配するなら世界大統領だな」
ユキトはそう言いつつ、それが非現実的な方法であることは推測できた。
「でもまあ、さすがにカイだってそんな方法では無理だろうと悟っているはず。カイは全ての支配と言っていた。果たしてそんなことが可能なのか、俺の脳みそでは想像つかないが……魔物、魔力、魔法という概念が生まれようとしている混沌の世界で、それを手に入れるきっかけが生まれると踏んでいる……そのやり方を推測できれば、きっとカイや邪竜に辿り着けるはずだが――」




