宣戦布告
「……なぜこんなことをしているのかについて、問い質すのは無意味なんだろうな」
過去、邪竜との戦いで共に剣を振っていた騎士、アレイス――彼が首謀者だとわかり、雪斗はそう口にした。
「あの戦いでアレイスは倒れた。俺達は死んだと思っていたし、アレイス自身もそうだと思ったことだろう。けれど魔神の力がアレイスに結びつき、目覚めてしまった」
「そうだ。記憶はある……が、今の私は魔神の意思に従い行動している」
――こうした現象に、雪斗も遭遇したことはある。迷宮の中は魔神の魔力が滞留している以上、力ない者に取り憑き力を与える。魔神の魔力が生物に干渉する以上、これは避けられない。
だからこそ、そうならないように処置を施し迷宮に挑む。霊具を持っている者ならば無条件で防ぐことはできるが、それを制御する力を失えば――例えば死の淵に立たされれば、その限りではない。
「普通ならば魔神の魔力が取り憑く前に息絶えていたはず。だが、私はそうならなかった……霊具の力が、私の持っていた霊具の力が死の手前で押し留めていた。それが悪い結果に働いてしまった」
「……普通の戦いなら、きっとアレイスを連れ帰っていただろう」
雪斗は彼と視線を合わせながら述べる。
「だが、最後の戦い……誰もが前に進むことを優先した。これは俺達が残したものでもある、か」
「ある意味、あの戦いは続いている……そこにまたやってくるとは、運命すら感じるよ」
「そうだな」
雪斗はアレイスにそう答える――確かに思う。おそらく自分は、
「俺は、アレイスを救うために舞い戻ってきたんだ」
――運命などという言葉を、雪斗は信じたくはなかった。クラスメイトの誰かが死んだ時、この世界の人々はそれを運命だと言った。
雪斗もカイもそう思わなかった――けれど、再び召喚されてアレイスと対面している。運命だと言われてもおかしくないと思ってしまった。
「こうして顔を見せたのは、宣戦布告の意味合いもある」
そうしてアレイスは語り出す。
「既に種はまいた……私の目的は迷宮深くに存在する魔神の力そのもの。それを手に入れるために、全てを破壊する」
「邪竜のように、か?」
「そうだ」
決然とした声音に、レーネ含めた騎士達は押し黙るしかない。
目の前にいるアレイスは以前の彼ではない――記憶も保有しているが、その意思は実質魔神の力に乗っ取られている。
黙ってはいたが、雪斗にも彼らの考えがわかった。彼を救う――彼を滅し、その魂を慰める。解放するにはそれしかない。
「そう遠くないうちに、私と戦うことになるだろう……けれど私はおよそ一年を掛けてこの戦いの準備をしてきた。本来ならば会議の席で宣戦布告するつもりだったんだが、ユキトがいたせいで予定が狂ってしまった」
「それは悪かったな」
「いやいや、決して悪い方向にはなっていないさ」
にこやかに――どういう理由でそう告げているのかわからないが。
「今日のところはこれで失礼させてもらうよ。次の戦い、楽しみにしている」
一方的に告げ、アレイスの体は突如蜃気楼のように揺らめき、消えた。
次に生じたのは静寂。風の音だけが耳の奥で聞こえ、雪斗は小さくため息をついた。
「やり残したことか……」
「ユキト……」
「感傷的になっているわけじゃない。レーネ、アレイスを倒して今度こそ邪竜との戦いに決着をつけよう」
「ああ……そうだな」
「ところで、会議に向かうはずのグリークがこの世から消えてしまったわけだが、どうするんだ?」
「一度王都へ戻ることにしよう。この光景を見ている陛下もどうすべきか考えているはずだ」
「そうだな……というわけだ、リュシール」
「中止を含め検討することになるでしょうけど、開催する場合は私が代わりに出席することになるでしょう」
リュシールは言いながら半透明な姿が元に戻っていく。それと共に雪斗の体が白から黒へと変じた。
「面白い変化だな、ユキト」
レーネが言う。雪斗が肩をすくめると、彼女は続けた。
「まるでカイも戻ってきたようだ」
「カイほど上手く立ち回れる気はしないけど、な」
そう言いながら雪斗は突如地面に腰を下ろした。
「ところでレーネ。この『神降ろし』には明確な弱点がある」
「弱点?」
「解除した後、使った時間に比例してしばらくまともに戦えなくなる……帰りの護衛は頑張ってくれ」
「は!?」
「まあ危険も無いでしょうし大丈夫でしょう」
リュシールの言葉。それに雪斗は「だろうな」と同意した。
やがて王都から急行した騎士団がやってくる。彼らと共に雪斗達は一度帰還することとなり、馬車の中で話し合いがもたれた。乗車しているのは雪斗とリュシール、レーネ。加えてディルも姿を現し雪斗の隣に座っている。
「……なぜあの場で宣戦布告なんてしたと思う?」
雪斗はリュシールへ尋ねる。
「わざわざ自分から正体を晒し、これから戦うなどと告げるのは……」
「可能性として考えられるのは、その宣戦布告の裏で何かをしようとしている」
「つまりブラフだと?」
「ええ。宣言通りこれから戦いが始まる。なおかつ首謀者がアレイスだとわかれば、相当警戒することになる。戦い自体、ユキトも加わらなければならないでしょう。そちらに気を取られている間に、アレイスは別に何かをやると」
そう述べた後、リュシールは優しく微笑んだ。
「それについては私が調べるわ」
「……天神についてだけど、リュシール以外の力を借りることはできないのか?」
「現時点では封印されているから。可能であればとっくにやっているし、これからもどうにかできないか試すわ」
「そうか……」
「だからユキトは以前と同様、各地を転戦してもらうことになると思うけど……」
「そこについては構わないよ。それに俺の名があれば各国も動きやすいだろ」
もっとも、面倒なしがらみもあったりするが――雪斗はあえて何も言わないでおく。
「そうね。なら後は……防衛については新たな聖剣所持者に任せることになるわね。迷宮も現在は外に出ていないけれど、そちらも注意しなければならない」
「やることは三つか」
レーネが言い、まとめ始める。
「アレイスの真意を探ること。これから始まる戦いに対応。そして迷宮対策……どれもこれも難題だな」
「そうね……本音を言えば前回召喚された面々の力も欲しいけれど……ユキト、カイ達は無事なのかしら?」
「ああ。全員無事だよ」
そう答えると同時、ほんのわずかだが胸に痛みが走る。確かに無事だ。けれど、
「何か、訳ありみたいね」
全てを見透かすようにリュシールは言う。雪斗が沈黙を守ると、彼女はディルへ視線を向けた。それに当の彼女はそっぽを向き、
「悪いけど、雪斗が言わないのなら私も言わない」
「それは残念。けれどユキト、きっと他の人達も気にしているのではないかしら」
「……いずれ、頭の中がきちんと整理できたら話すよ」
それだけ答える。リュシールとしては納得いっていない様子だったが、最終的には「わかった」と言って折れた。
「話を戻しましょうか。大きな戦いが差し迫っていることは間違いない。会議の方も敵側が宣戦布告してきた以上、どうなるか」
「俺やリュシールがいるから、開催中はなんとかなりそうだけど……問題は集合する前の道中か?」
「ジークがおそらく連絡をするはずだから、国々に状況は伝わるでしょう。会議そのものを中止する方向にすべきかしら」
「その辺りはジークを始め他の面々で話をすればいいな……俺は指示に従うだけだ」
「すまない、ユキト」
レーネが謝る。申し訳なさそうな表情であったが、それに雪斗は首を振り、
「謝罪はいらないよ。ただ、元の世界に帰る手段を構築するのに協力はしてもらうからな」
「もちろんだ」
レーネの返事と共に、雪斗は馬車の窓から空を見上げる。
また戦いが始まろうとしている。しかも相手は戦友だった存在。彼の顔を一度思い出した後、止めなければという使命が湧き――雪斗は静かに、戦い続けようと強く誓った。




