今を超える
やがてタカオミは持参した箱に魔力を注ぎ終えた。次いで魔力樹に関する調査を行う。その作業中、レオナがふいに質問した。
「ここまで来て今更の話なんだけど……私達は魔力樹が持っている魔力を利用して霊具を開発しようとしているよね? これは邪竜による仕業で、敵の策によって生み出された物だけど……問題はないの?」
「邪竜が作成した物だから、邪竜由来の何かがあるかも、と考えているのか?」
ユキトの問い掛けに、レオナは首肯する。
「うん……タカオミ、その辺りはどう?」
「そこについては心配ない。今やっている調査の前……事前の調査で、邪竜の影響がないことを確認しているからね」
そう答えた後、タカオミはさらに突っ込んだ解説を加える。
「魔力樹が生まれたのは邪竜の仕業……なのだけれど、これはおそらくカイが持ち出した技術が応用されているんだと思う」
「……カイが?」
「ツカサが言っていたけれど、召喚された異世界に存在する魔力について調べ、魔力樹のように根から大地の魔力を吸い上げる植物があることがわかった……ツカサはそうした記憶を基に、この世界にも同様の性質を持つ植物がいるのではないかと考え、独自に調べ研究していたらしい」
「それは、今回みたいに魔力を利用するために?」
「そうみたいだね。しかし、カイがそれに目を付けて利用された……この世界に魔法や魔力という概念を根付かせるためには、多数の人々が持つ魔力を利用し、認識させる必要がある。その方法は色々あったと思うけれど、カイはツカサがやっていた研究を利用した」
「邪竜の力を使う予定はそもそもなかった?」
「というより、できないんだと思う」
タカオミは一度レオナを見返し、続ける。
「邪竜が持つ力……それは魔神によるものだ。そして魔神の性質は破壊と荒廃……生命の源たる植物とは致命的に相性が悪い」
「そっか、利用しようにも植物は枯れるだけってことか」
「そうだね。もちろん、邪竜が自身の力を利用し何かを生み出すことはできるよ。魔物がその最たるものだ。でも、それはあくまで生み出せるだけで、今回の魔力樹のように、大地と根付くもの発生させるというのは不可能だ」
タカオミはそこまで語ると視線を魔力樹へと戻した。
「邪竜がカイを引き入れたのは、ユキトに語った通り野心を秘めていたから、という理由はもちろんあったと思うけど、それ以外にも世界に魔力を根付かせるための手段を使うために、僕ら側から誰か引き入れる必要があったから、という考えもできる」
「なるほどね……カイを、止めることはできなかった……だよね?」
問い掛けにタカオミは沈黙。ユキトやチアキもまた、黙して何も語らない。
その中でユキトは一度魔力樹を見据える。自分が、カイとの戦いに勝利することができれば、あるいは事態は回避できたかもしれない。
(ただ……カイは共に戦う中で俺のことはしっかりと調べていたはずだ)
ユキトが持つディルの力――間違いなくユキトはこの世界における最強の戦士。だが、カイはユキトと共に戦い続けた記憶がある。能力をつぶさに把握しているのならば、対策の立てようもある。
その中で『神降ろし』だけは、カイに多くを見せていなかった技法ではあるのだが――邪竜が持つ記憶などと組み合わせることにより、ユキトに勝利する結果となった。
(……俺は、修行は欠かしていない。でも、それは自分の能力を維持するだけで、異世界での戦い……あの時の自分を超えることはできていない)
カイとの戦いに勝利するためには、ユキト自身が過去の自分を超える必要性があるのではないか。
(俺はディルを持っている以上、他に霊具を使用することは難しい。なら、今以上にディルを使いこなせるように――)
「作業はどれくらい掛かりそう?」
チアキがタカオミへと問い掛ける。
「色々とやることは多そうだけど」
「今やっているのは、簡易的なものだ。作業が一段落したら、ここに転移魔法陣を構築して、いつでも調べることができるようにしておく」
「あ、そっか。魔力があるからそういうこともできるのか」
「うん、そうだ……魔法は世界を大きく変えてしまうだろうけど、その中で転移魔法は最たるものだろうね。移動時間をほぼゼロにできる、というのはあまりにもインパクトが大きい。現在ある産業が激変する」
「……魔法によって、企業のあり方も変わるだろうな」
ユキトはそうコメントした時、自分が認識する様々な大企業を思い浮かべる。
「企業が率先して魔法という概念を調べ始めるかもしれない……国もそうだし、あるいはもっと他に――」
「放置すれば、どんな影響が及ぶかわからない」
タカオミはそう応じると、ユキトへ顔を向けた。
「研究一つとってみても、管理、制御していかなければ大事件に発展するだろう。でも、誰もが持つ魔力を規制、というのも難しいのが実情」
「国としては頭が痛い話だな」
ユキトは嘆息する――どこまでも、難題が増え続けるばかりだった。




