真に望むもの
ユキトはこの攻防で決めようと、全ての魔力をディルへと注ぐ。するとカイは即座に動きを察知し、応じるべく魔力を高めた。
双方の力が、山頂でぶつかり合う。もし仲間の誰かがいたとしたら、圧倒的な魔力に近寄ることすら躊躇われる――それはまさに、この世界に存在する神話のような、伝説的な光景を世界へ見せていた。
――この世界に存在する物語や神話は、様々な人が描いてきた空想の産物。様々な場所で紡がれていた世界は、今この場所で現実になるための一歩を刻もうとしている。しかしユキトはそれを否定すべく、動く。
させない――ユキトは突貫の声さえ上げながら、カイへ仕掛ける。彼は一切逃げなかった。まるで、この勝負を放棄すれば例え作戦が成功しても敗北を意味する――そんな風に考えている雰囲気だった。
そして、双方の剣が激突する。魔力が噴出し、互いの体を駆け抜け、荒れ狂う大気と共に周囲へと拡散する。
勝負は、完全に互角だった。剣が噛み合い双方が一歩も動かなくなり、ギリギリと一時も力が抜けない状況へと転じる。
「……ユキトは、どう思う?」
そんな中で、カイは声を発した。
「僕の願望を聞いてどう思ったんだい? 失望した? それとも、怒ったかい?」
「……正直、そんなことを考える余裕はないさ」
なおも剣を合わせながら、ユキトは答える。
「ただ目の前の状況を認識するだけで、話を飲み込むだけで精一杯だ。でも、これだけは言える。いずれこの世界に魔法や魔力という概念が根付くにしても、今じゃない。今それをやれば、世界は混沌に包まれる」
「紛争が起こるだろうね……しかしそれは、新たな秩序を形成するためのきっかけになる」
「魔法や魔力のことを少しずつ人々に認識させていけば、いずれカイが望むようなことにできるんじゃないのか?」
「例えば、魔法を管理する組織の長になるとか、だね」
全てを理解したようにカイは応じる。それと共に、ユキトは悟る。そんな考えは、とっくの昔に彼は思案していたのだと。
「それは魔法という概念を管理するためには必要で、また僕が長としてポストに就くことは可能だろう。しかし、それは支配とは言わない。あくまで魔法というものを管理するための組織……僕が望むのは、全ての支配だ」
「カイ……」
「それに、そんなやり方で魔法を認知させていって……どれほどの時間が掛かると思う? 下手をすれば僕やユキトが生きている間に成し遂げられるかもわからない……だからこそ劇薬だとしても、この方法が有効だと僕は考えた」
「……全てを支配して、何をする?」
「色々と考えはある。支配するための土台を作り、それが実を結んだときに考えればいい。おそらく、息をつく暇もなく仕事はやってくるだろう……その中で僕は、全てを手に入れる。手に入れてみせる」
強い言葉だった。ユキトは改めて説得は不可能であること。そして、どんな言葉も今のカイには届かないのだと、理解する。
(邪竜に洗脳されたわけでもない……間違いなく、カイ自身の意思だ)
ならば、自分は――ユキトはほんの少し、迷いがあることを自覚する。止めなければならないという意思はある。ここで止めなければ、取り返しのつかないことになる。
世界は混乱に陥り、多くの人が何事かと不安を抱える世界が到来する。今の世界、その秩序を壊してはならない――
「ユキトの考えていることはわかる」
カイはさらに語っていく。
「僕のやり方はひどく性急であり、何が起こるかもわからない。そもそも、邪竜と手を組んだけど邪竜自身が何をしでかすかわからない……とはいえ、邪竜の力は全盛期と比べ遙かに劣る。場合によっては、僕が彼の組織を乗っ取ることだってできるだろう」
「……足下をすくわれるかもしれない。それでも、やるつもりなのか?」
「そうだ。これだけのことをやったんだ。僕だって多少なりともリスクを取らないといけないよね」
淡々と語るカイにユキトは空恐ろしいものを抱きながら、それでも止めなければならないという気持ちが沸々とわき上がった。そして、
「……エリカは、どうするんだ?」
「僕のやり方に反発すれば、きっと僕の下から去るだろう」
「それだけ、か? 元の世界に帰る理由だった彼女に対しても……」
「記憶を失っていたからこそ、エリカに対する感情も強くなった。そうした感情だって胸に残っていたから、僕は告白した。でも」
カイの瞳が、揺るぎないものへと変わる。
「僕は願望を捨てない。それこそ、僕が真に望むものだから」
「……もし支配が完了すれば、エリカだって説得してみせるなんて考えか?」
「それを決めるのは彼女だ。さすがに僕はそこまで傲慢じゃない……でも、それもまた、選択の一つだ」
魔力が高まる。鍔迫り合いの状況下で、カイは決めに掛かろうとしている。
「さあ、終わりにしようユキト。この攻防で、全てが決まる」
明言と共に、カイの力が増す。それに応じるべくユキトもまた魔力を高め――二人の周囲は、剣が発した白い輝きによって純白に包まれた――




