模造品
カイとの戦い――ユキトの心には多少なりとも葛藤はあった。だが、擬似的に聖剣の力まで再現した彼を前に、手加減は一切できない。
「ディル」
『わかった』
名を呼び、ディルも即座に理解した――カイを止める手は一つ。それは『神降ろし』を使うことだ。
変化は一瞬であり、ユキトの格好とディル、そして髪色が全て変化する。唯一瞳だけは黒を維持し、カイはその光景を見て微笑んだ。
「ユキトがその技法を使ったのは僕が倒れた後だ。こうして見るのは初めてだが……邪竜を倒すだけの力がある技法だ。まともに戦えば、勝ち目はないだろうね」
「……カイ」
「でも、今の僕ならば……魔力によってブーストされた僕ならば、勝ち目はある」
聖剣を模倣した剣が、光り輝く。ユキトは圧倒的な雰囲気を発するカイを見て、本当に邪竜と死闘を繰り広げた時の彼が戻ってきた、と感じた。
「とはいえ、この能力は長くはもたない。それにユキトの技法も長時間は扱えないだろう……さて、どちらが上回るか。この世界の行く末を決める戦いを、始めようか」
言葉の瞬間、ユキトとカイはまったく同時に剣を繰り出した。間合いを詰め、放たれた刃が激突する。
刹那、凄まじい魔力が周囲に拡散し、弾けた。もし仲間が見ていたのなら、何事かと凝視するほどの光景だったはず。息が詰まるほどの魔力の奔流の中で、ユキトとカイは鍔迫り合いを繰り広げる。
激突の結果は互角――ギリギリと金属同士がかみ合う音が生じ、不思議な沈黙が一時生まれる。
それに対し先に動いたのはカイ。わざと力を抜いて後退すると、ユキトはすかさず追撃を仕掛ける
一閃された剣戟をカイは難なく受けた――ユキトが持つ『神降ろし』に、対処できている。
これは単純に力が増して互角になっただけではなかった。ユキトはカイを見据え、
「俺のことを、研究したのか」
「技法については聞いていたから、間近で確認できなくとも色々と考えることはできた。対策がなければ邪竜を倒したユキトの剣は僕に届いていたよ」
にこやかに語るカイ。その表情はユキトにとってひどく不気味なものに映る。
「根本的な能力はユキトが上だ。僕は力を得たといっても模造品だからね」
ユキトが仕掛ける。それにカイは真正面から応じ――ユキトの剣はことごとく弾かれる。
「くっ……!」
「対処されている、と感じるかもしれないが実際は紙一重だ。少しでも気を抜けば、ユキトの刃は僕に届くよ」
そう語るカイだったが、ユキトは防御を突破することが非常に困難であると悟る。彼自身紙一重だと語っていても、後一押しが届かないが――その理由をユキトは察する。
(カイの全盛期……剣術が戻っている)
――ユキトとカイは幾度となく鍛錬で剣を交わした。双方とも霊具を手にしたことによる知識でまず剣術を手に入れ、そこから異世界の人々と交流しながら剣の腕を磨いていった。その中で邪竜を倒せる聖剣は間違いなく規格外だった。聖剣所持者となることで得られる剣術そのものも、異世界において最高峰のものだった。
ユキトのディルもそれに比肩しうるものかもしれないが、だとしてもユキトはカイ相手に訓練であっても勝ったことがない。聖剣は模倣した物であっても――技術は紛れもなく本物であり、突破できない最大の理由になっている。
(でも、ここで倒さなければ……!)
ユキトは自らを鼓舞するように魔力を高める。相対しているのはカイ。間違いなくこの世界で戦ったどんな魔物よりも強いが、勝ち目がないという絶望的な状況ではない。
大気が震えるほどの魔力が、ユキトから発せられる。力による突破を目論んでいると悟ったカイは小さく笑みを浮かべ、
「力押しだね。その考えは正解だ。先ほどまでの打ち合いは根本的な力勝負ではなく、技術を交えての戦いだった。単純な力だけなら勝機はあったかもしれないが、剣術勝負なら負けない……だからこそ、技術を塗り潰す力が重要というわけだ」
カイはそう語りつつも、なおも笑みを浮かべ続ける。
「でも僕は想定している……どれだけ強大であろうとも、技術があるのなら覆す手段はいくらでもある」
――まるで、邪竜のことを語っているかのようだった。
(いや、邪竜との戦いと同じか……俺達は圧倒的な力を持つ、世界を蹂躙しうる存在と戦っていた。邪竜の力は紛れもなく最強だった。だからこそ、霊具を持つ俺達は対抗するべく様々な魔法や技を開発したんだ)
その到達点が間違いなくカイだった。聖剣を再現し、その身に過去の技術を復活させているのなら――
「……ユキトにとって僕は最大の障害だが、時間はあまりないよ」
カイが語る。その間に魔力樹からさらなる魔力が漏れる。
「いずれこの魔力樹がこの周辺だけでなく世界へと広がる。もう、余裕はない。ここで決着をつけなければ、終わる――」
言い終えぬ内だった。ユキトは覚悟を決め、カイへ向け接近した。




