力の再現
世界征服――その言葉を聞いた瞬間、ユキトはただカイを見据えた。
その願望を子供じみたものだと笑うわけではない。かといって、その異様とも呼べる願望に嫌悪を抱いたわけでもない。
ユキトはカイと共に邪竜と戦い、彼のことを知っている――だからこそ、今発した彼の言葉が真実であり、それを遂行しようとしているのだと確信した。
(……止めなければ、ならない)
ユキトはそう思う。今の自分にはそれができる。カイは聖剣を持っていない上に、自分には邪竜と戦い勝利した技法がある。
「……幻滅もしていないか」
やがてカイは声を発した。
「僕の言葉を信用し、止めようとしている」
「……正直、魔力樹が生まれたことによってどう支配に結びつくのか俺には理解できない」
ユキトはここで自分の言葉を、偽りなく述べる。
「だが、カイならばやるだろう……邪竜と手を組んででもそれを求めていたのなら、カイは実行に移すだろう」
「僕はユキト達を裏切った。恨まれても構わないけれど……憎しみもないか」
「そうだな……それがカイの本心ならば、俺はただその事実を受け入れる……だが」
ユキトは剣を構え、魔力を高める。
「尊重するわけにはいかない……さっきの話が本当なら、まだ手遅れにはなっていない。なら、俺がここで止める」
「少しは動揺を誘ってみたりもしたけれど、やはり効果がない……か。ま、想定内だけど」
「俺とここで顔を合わせることも、計算済みというわけか?」
「そうだね。今のユキトを止めることができるのは、僕しかいない……例え邪竜でも不可能だからね」
「……止められると?」
聞き返したユキトにカイは微笑む。
「力の差が歴然としているのはわかっているよ。僕の手元に聖剣はない。体も邪竜と戦ってきた記憶はあれど、肉体にその経験は宿っていない。それに対しユキトはディルを持ち、なおかつその体は邪竜を倒した時、そのままだ。でも」
カイの魔力が高まる――ユキトは踏み込むべきか迷ったが、動けなかった。
その理由は、カイの立ち姿に隙が無かったこともあるが、一番の理由はもう既に、何かしら策を実行しているのだと、半ば本能的に理解していたためだ。
「その差を……魔力樹を用いれば、埋めることができる」
魔力樹から、カイへ魔力が降り注いだ。刹那、ユキトは弾かれたように走り、カイへ向け刃を放った。
攻防は一瞬の出来事であり、常人は捉えることすらできないほどのもの。だがユキトが剣戟を決めた時、何か硬いものに阻まれ手応えは一切無かった。
ユキトは瞠目する。魔力樹の魔力によって、カイの右手には剣が握られていた。
しかもそれは――彼が握りしめ最後まで使い続けた異世界の聖剣に酷似していた。
「魔力樹は、霊脈から魔力を吸い出している。その力を上手く扱うことができれば、こんな風に頭の中で思い浮かべた力すらも、再現することができる」
カイがユキトの剣を弾き返した。その動きは――紛れもなくカイが全盛期だった時のそれだった。
ユキトへ向け、カイが間合いを詰める。次の攻防はユキトがカイの剣を受ける番であり、甲高い金属音が山頂に響く。
「っ……!」
『ユキト、これはまずいよ!』
ディルの声が頭の中に響く。
『カイは魔力を使って全盛期の自分を再現しようとしている……! 記憶はあるから、そんなことも実行できるんだ!』
「なるほど、な……あらゆる物事が魔力によって解決できてしまう……こんなことが全世界的に起これば、どうなるかわかったものではないな」
「ああ、だからこそ卓越した魔法を操ることができる僕が、世界を支配できる」
「魔法……」
「ここにある魔力樹を起点として、まずは国内……やがて海外に樹木は広がる。大量の魔力は様々な人に力を与え、魔力という概念を認知させるだろう。その後、魔力を用いての技術開発が始まる……そうだね、魔力を観測し魔法を扱えるようになるまで、この世界の文明技術であっても十年以上は掛かるだろうね」
「カイとしては、不服か?」
「いや、僕としては望んだ形だよ。なぜなら魔法を持つ僕が、技術開発の先頭に立つことができるのだから」
「……それを止めるために、俺達は戦うぞ?」
「ユキト達は国と手を結ぶだろう。ならば僕とやろうとしていることは同じだ。いずれ僕か、ユキト達によって魔法という概念がこの世界に生まれる」
――つまり、どう転ぼうともカイの望んだ方向に進むということだ。
「僕もユキトも、他の仲間達も……魔法を操ることができる時点で、他の人類に対し大きな力を持っている……ともすれば、この力を利用して望むものを得られるはずだ」
「そうは、させない」
ユキトが言う。カイは否定の言葉を待っていたように笑う。
「なら、ここで止めてみるんだ。僕がここに来ることは予定調和だが、この戦いの勝利までは計算できていない……ここで、世界の行く末が決まる」
言葉の直後、ユキトとカイは弾かれたように距離を置き、双方が限界まで魔力を高め始めた。




